JS17-1:腸内エコシステムの制御による新たな健康維持基盤技術の創出
慶應義塾大学先端生命科学研究所
地球環境上のあらゆる場所には微生物生態系が存在しているが、とりわけわれわれの腸管内には数百種類以上でおよそ100兆個にもおよぶ腸内細菌群(腸内細菌叢)が高密度に生息している。これら腸内細菌叢は細菌同士あるいは宿主の腸管細胞群と相互作用することで、複雑で洗練された腸内生態系、すなわち「腸内エコシステム」を形成している。腸内エコシステムは通常はこれらの同種あるいは異種細胞間の絶妙なバランスの元に恒常性を維持しているが、過度の遺伝的要因あるいは外環境由来の要因によりその恒常性が破綻してしまうと、最終的には粘膜免疫系や神経系、内分泌系の過剰変動に起因すると考えられる炎症性腸疾患や大腸癌などの腸そのものの疾患に加えて、自己免疫疾患や代謝疾患、細菌感染症といった全身性の疾患に繋がることが報告されている。従って、腸内エコシステムの破綻に起因するこれらの疾患を正しく理解し制御するためには、その構成要素のひとつである腸内細菌叢の機能やそれらと腸管細胞群とのクロストークについて統合的な観点からアプローチする必要がある。われわれはこれまでに、腸内細菌叢の遺伝子地図と代謝動態に着目したメタボロゲノミクスを基盤とする統合オミクス解析技術を適用し、腸内細菌叢から産生される代謝産物の一つである酢酸や酪酸などの短鎖脂肪酸が、腸管上皮細胞のバリア機能を高めることで腸管感染症を予防することや、免疫応答を抑制する制御性T細胞の分化を促すことで、大腸炎を抑制できることを明らかにした。しかし、この複雑で洗練された腸内エコシステムを意のままに制御するには、微生物生態系を一つのシステムとして捉え、その安定化機構や破綻のメカニズムを理解する必要がある。本発表では、この複合微生物叢調和システムから学び、その法則や概念を適用することで、腸内エコシステムの人為的修飾による新たな健康維持、疾患予防・治療方法の創出について議論したい。
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