JS5-1:水田土壌の窒素循環に寄与する新規微生物群の発見
1東京大学大学院農学生命科学研究科, 2産業技術総合研究所北海道センター, 3新潟県農業総合研究所
湛水下の水田土壌では、表層が水層に覆われることによって大気中の酸素が供給されにくくなり、酸素濃度が著しく低い嫌気的な環境が形成される。この嫌気的環境下では、窒素循環に関わる還元反応(窒素生成型硝酸還元(脱窒)、アンモニア生成型硝酸還元(DNRA)、窒素固定)が進行し、このことが畑土壌では見られない『窒素肥沃度の自立的維持』『硝酸の低溶脱』といった水田土壌の環境保全性の基柱と考えられている。水田土壌におけるこれら重要な還元反応を駆動する微生物群を明らかにするために、これまでに培養法やPCRベースの非培養依存法により研究が進められてきた。しかし、反応ごとに単発的に研究されてきたため、またPCRプライマーのミスマッチといった解析技術のバイアスのため、包括的な理解は未だ達成されていない。そこで本研究では、環境DNAおよびRNAをまるごと解読するメタゲノム・メタトランスクリプーム解析によって、水田土壌の窒素循環を支える微生物群の全貌解明を試みた。
耕作期間において経時的に採取した水田土壌DNAのメタゲノム解析により、これまでの研究では検出例がほとんどない、Deltaproteobacteria綱の鉄還元細菌に由来する脱窒およびDNRAに関与する遺伝子群が全ての土壌試料から高頻度に検出された。次に、これら土壌のRNAについてメタトランスクリプトーム解析を行い、mRNAの配列情報から窒素化合物還元反応に関わる遺伝子群の網羅的発現プロファイルを調べた。その結果、Deltaproteobacteria綱の鉄還元細菌由来の脱窒およびDNRAに関与する遺伝子群が高頻度に検出、すなわち転写されていたことから、鉄還元細菌が異化的硝酸還元反応に関与していることが強く示唆された。さらに驚くべきことに、窒素固定細菌として古くから有名なCyanobacteria門細菌だけでなく、Deltaproteobacteria綱の鉄還元細菌や硫酸還元細菌の窒素固定遺伝子も高頻度に発現していることが明らかとなった。以上の結果から、従来は鉄還元や硫酸還元反応への関与しか考慮されてこなかった微生物群が、水田土壌の窒素循環においても極めて重要な役割を担っていることがはじめて示唆された。
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