JS4-3:環境中での細菌集団の種多様性・オーソログ多様性・生態系機能の関係
1国立台湾大学海洋研究所, 2近畿大学理工学部, 3海洋研究開発機構, 4中央研究院環境変遷研究センター
環境中の細菌集団は性質の異なる多種(OTU)から構成される群集である.この細菌群集が全体として駆動する生態系機能と,群集中にさまざまな種が存在すること(=生物多様性)の関係はどのようなものだろうか? 生物多様性と生態系機能の関係は,1990年代以降陸上草本群集をモデル系として発展した.この研究分野では,生物多様性の指標として種多様性を用いて生態系機能の大小やその安定性を予測する理論から出発し,現在では形質の多様性の大小による予測による研究が盛んである。我々は,細菌群集を対象にこの理論を発展させるために,植物で用いられているような,形状や生理的特性などの表現型としての形質の多様性ではなく,ゲノム上の進化的・機能的単位であるオーソログの多様性を形質の多様性の指標として用いることにした.まず,「多種から構成される細菌群集全体が持つオーソログの多様性が高いほど生態系機能(厳密には生態系の多機能性)が高い」との仮説を立て,この仮説の下で「種の絶滅によって生じるオーソログの多様性減少の程度が小さいほど,種絶滅による生態系機能へのインパクトが小さい冗長な(安定した)生態系である」との評価を行うことにした.オーソログは,種分化を経て多種間で共有されるため,その共有度合いが小さければ小さいほど,種絶滅のインパクトが大きくなることになる.この新たな評価システムのもとで,多様な細菌・古細菌のゲノム情報を使った種絶滅のコンピュータシミュレーションを行ったところ,従来の評価方法に比べて細菌群集の機能冗長性は低く,種の絶滅の程度が小さくても(たとえば,自然状態からたった10%以下の減少でも)生態系機能の実質的な劣化を招くとの予測を得た.そして,(1)オーソログ多様性が生態系の多機能性を定量的に代表できる指標であること,(2)種の絶滅に対する生態系機能の冗長性が低いこと,の2点について微小実験生態系における生態系機能の実測データにより実証することにも成功した.この研究は,全遺伝情報の解析がある程度進んでいる種・株が2000程度にも及ぶ微生物だからこそ可能となるのが現状だが,今後他の分類群の生物群集にもアイデアは応用可能であろう.
keywords:生物多様性,生態系機能,生物情報学,種の絶滅,ゲノム情報