JS12-3:珪藻Chaetoceros tenuissimusとそれに感染するウイルスの鬩ぎ合いと共生関係
1佐賀大低平地沿岸セ, 2水研セ瀬戸水研
珪藻は海洋基礎生産量の3〜7割を担うとも言われる重要生産者であり、珪藻の挙動に影響を与える因子の解明は海洋生態系の理解には欠かせない。2000年代初め、珪藻のブルーム崩壊に影響を与える可能性のある、珪藻感染性ウイルスが発見された。その後、沿岸域でブルームを形成する小型浮遊性珪藻C. tenuissimusとウイルスの挙動調査が数年間に亘って実施された。その結果、現場におけるウイルスの増加は宿主個体群のブルームと密接に関係しているものの、ウイルスが必ずしもブルーム崩壊の決定要因にはならない可能性が示唆された。一方、興味深い現象として、珪藻ブルーム期間中に優占的に出現するウイルス種が遷移することが明らかになった。具体的には、2011年夏季の本種珪藻ブルーム前半にはRNAウイルスが優占していたが、後半はDNAウイルス優占に置き換わった。この優占ウイルスが遷移する原因として、1)ブルーム個体群中の各C. tenuissimus株のウイルス感受性という観点での株組成が変化した、そして2)環境変動により珪藻−ウイルス間の関係が変化した可能性が考えられた。そこで我々は、上記の可能性を検証するための予備的な試験を実施するとともに、それらのデータに基づいた両者の生態学的関係の考察を試みた。まずC. tenuissimus分離株とウイルス株間の約3万通りの感染試験を行い、両者をウイルス感受性ならびに宿主特異性に基づいて群分けした。その結果、珪藻とウイルスは被感染性/感染性という観点で、株レベルで多様であることが明らかになった。次に複数の宿主−ウイルス株の組合せにおいて水温・塩分を変えた感染試験を実施したところ、感染成立可否とウイルス潜伏期間に対し、これらの要因が有意に影響を与えていた。以上からウイルス優占種遷移の背景には、珪藻個体群が環境変動と関係したウイルス感受性の異なる多様な特性を持つ株から構成される事によって、ウイルスの攻撃を個体群単位で緩和し、感染による壊滅的な個体群崩壊を避けている可能性があると推察された。珪藻とウイルスは相互に多様性を維持することで、同一海域内で鬩ぎ合いをしつつ共存を成立させているものと考えられる。今後、ウイルス感染の成立可否を制御している機構が分子レベルで解明されれば、珪藻とウイルスの関係がより高解像度に理解されるものと期待される。
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