JS10-3:土壌微生物バイオマスの窒素安定同位体比:ストイキオメトリーと同位体比の接点
東京農工大学農学部環境資源科学科
近年,その測定が困難である脱窒について議論するために,土壌の窒素安定同位体自然存在比(以下窒素同位体比)を用いる研究が多くなされてきている。その前提として,土壌の窒素同位体比の上昇は土壌から窒素が失われる(脱窒)際の同位体分別(14Nと15Nの反応速度の比)に依存する,という考え方があるが,土壌窒素循環と窒素同位体比の関係はまだまだ未解明であり,この単純化したスキームの妥当性については検討の余地がある。
これまで,その重要性にもかかわらず,その測定がきわめて困難であることから土壌微生物バイオマスの窒素同位体比はほとんど測定されてこなかった。我々は,これまでの手法(クロロホルム燻蒸抽出法)に新しい窒素同位体比測定法(脱窒菌法)を組み合わせることにより,この測定を可能としている。国内の森林土壌を対象に土壌微生物バイオマスの窒素同位体比を測定してみると,予想と反して,土壌中の可給態窒素(アンモニウムイオン,硝酸イオン,抽出可能有機態窒素),そして土壌そのものの窒素同位体比と比較して,高い値をほとんどの土壌でとることがわかった。このことは前述のスキームは単純化されすぎており,土壌窒素を分解する際の同位体分別によって土壌微生物バイオマスが15N濃縮し,その結果土壌の窒素同位体比が上昇されているというスキームであることが示唆された。
ここで問題となるのは,この「土壌窒素を分解する際の同位体分別」であり,ここをより詳細に議論できなければ土壌窒素循環と窒素同位体比の関係を理解したとはいえない。そこで,Aspergilus oryzaeを用い,異なる炭素/窒素比の状態で培養を行い,基質と菌体について窒素同位体比を調べてみると,炭素/窒素比が高く,吸収同化した基質窒素を排出しない場合は,菌体の窒素同位体比は基質と近い値をとるが,炭素/窒素比が低い場合は,低い窒素同位体比をもつアンモニウムイオンを排出し,菌体の窒素同位体比は上昇することがわかった。このことから,土壌の窒素と炭素のバランス(ストイキオメトリー)が微生物バイオマス,そして土壌全体の窒素同位体比を決定していることが示唆された。本発表ではさらに,この微生物バイオマスの窒素同位体比の,微生物窒素利用効率の指標性についても議論する予定である。
keywords:窒素循環,土壌微生物バイオマス,窒素無機化,窒素安定同位体自然存在比