JS8-4:コケ植物の葉緑体を取り囲む藍藻由来の細胞壁構成要素ペプチドグリカン
熊本大学大学院自然科学研究科
ミトコンドリアと葉緑体はそれぞれ原核生物の細胞内共生によって発生したオルガネラ(細胞小器官)であり、分裂によってのみ細胞内でその数を増やすことができる。葉緑体の祖先と考えられている藍藻は、細胞壁の構成要素としてペプチドグリカン(PG)を持っている。PGは多糖グリカン鎖がペプチド側鎖間の架橋により安定化しており、細菌に物理的強度を与えるとともに、分裂時の隔壁形成にも関わっている。一次共生植物の初期に分岐した灰色植物を除き葉緑体にPG層が見いだされたことはなく、葉緑体は二重の包膜のみを持つと教科書や辞書にも明記されている。しかし、我々はコケ植物蘚類のヒメツリガネゴケにおいて各種のPG合成阻害剤処理で葉緑体分裂が阻害され、巨大葉緑体が生じることを見いだした。続いてヒメツリガネゴケのゲノム中にPG合成に必要十分と思われる遺伝子セットがあることを明らかにした。その中のMurA、MurE、MraYまたはペニシリン結合タンパク質(PBP)の遺伝子を破壊すると、細胞内で巨大葉緑体が出現した(PNAS (2006) 103: 6753 -6758)。MurEおよびPBP遺伝子破壊ラインの巨大葉緑体の形質は葉緑体移行シグナルをつけた藍藻の相同遺伝子によって相補されることから、少なくともこれらの遺伝子の機能はコケと藍藻で同様であることが明らかとなった。細胞内共生説から考えると、PGは葉緑体包膜間に局在しているはずであるが、前述の通り、コケ植物の葉緑体の電子顕微鏡観察でも包膜間にPG様の構造は観察できていなかった。しかし、近年我々はPGに特異的なD-アラニンを用いた代謝標識法を用い、コケ植物の葉緑体を取り囲むPG層の可視化に成功した。進化的に緑色植物の基部で分岐したと考えられる車軸藻類やシダ植物小葉類でもPG合成阻害剤による葉緑体分裂阻害が起きることや、ゲノム中にPG合成遺伝子群全てが存在していることも見出している。一方PG阻害剤は種子植物のモデル生物であるシロイヌナズナに対しては効果がなく、被子植物ゲノム中にもPG合成系関連遺伝子は一部を残すのみである。これらの結果を踏まえ、共生した藍藻から葉緑体への進化を細胞壁の視点から考えてみたい。
keywords:葉緑体,藍藻,ペプチドグリカン,共生進化