JS8-3:謎の腸内胞子が語ること −昆虫腸内生真菌類の自然史−
筑波大学菅平高原実験センター
真菌類は比較的大きなサイズの“微生物”である。キノコはいうまでもなく、カビのような微小菌でも菌糸の直径は数μmはあり、その分類には、光学顕微鏡下の形態的特徴が重視されてきた。しかし、個々の形態が持つ意味や機能が十分に解明された例は多くはない。昆虫腸内生真菌類の研究を通し、両者の相互作用を示唆する形態の解明に至った事例を紹介したい。
ハサミムシ目昆虫の糞を培養検討した結果、接合菌門キクセラ目の2種の菌を得た。ハマベハサミムシの糞からは既知種(以下ハマベ菌と仮称)、ヒゲジロハサミムシからは未記載種(以下ヒゲジロ菌と仮称)が繰り返し発生した。これらの菌は共通して二つの特徴を備えていた。第一に胞子は修飾構造を伴っていた。ハマベ菌Pinnaticoemansia coronantisporaの胞子は種小名が示す通り、冠状構造(三稜形)を持っていた。一方、ヒゲジロ菌の胞子は深いキャップのような膜状構造を伴っていた。第二に、これらの胞子は富栄養下では強く膨らみ巨大細胞となり、分節を繰り返し酵母状に増殖した。この巨大細胞(以下、大型胞子)を貧栄養下に移すと菌糸が分化し、柄を生じて胞子を作った。
そこで宿主昆虫を解剖し消化管内を精査した。その結果、ハマベ菌では前胃、ヒゲジロ菌ではそ嚢の壁面に胞子が付着し大型胞子を形成する様子が確認された。胞子の修飾構造は付着の為に役立っていたのだ。ハマベ菌の胞子は冠の三つの稜の間隙に、前胃壁面の剛毛が挟みこみ胞子を固定させていた。TEM像では内部に逆向きの弁が複数認められ、胞子が剛毛から容易に外れないようになっていた。ヒゲジロ菌では膜状構造が反転し、そ嚢表面に吸盤状に付着していた。吸盤内面には繊維が密に詰まり密着度を増していた。
これらの菌は、昆虫の消化管の内外で、異なる二つの生育相をうまく使い分ける“腸内外両生菌類”と称すべき新規生態群と考えられる。同様な菌群がバッタ目昆虫からも発見されつつある。これらの目が含まれる多新翅群は、古生代末期、昆虫が陸上進出を果たした頃に多様化、成立した。また、これらの菌は、分子系統学的に水生昆虫の腸内生菌から派生してきたことが示された。つまり、腸内外両生菌類は、昆虫、菌類双方が水中から陸上へと生息域を広げてきた過渡期の特徴を残す生きる化石のような菌群ではないかと推察される。
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