JS10-2:アミノ酸の窒素同位体比からみる食物連鎖
海洋研究開発機構 生物地球化学研究分野
窒素安定同位体比は,食物連鎖を知るツールとして用いられてきた。これは,15Nが食物連鎖にともなって平均3.4‰ずつ生体中に濃縮していくという経験的な知見を基礎としている(Minagawa and Wada, 1984)。20種類のアミノ酸が生体中に含まれる窒素のおよそ8割を占めることから,食物連鎖にともなう15Nの濃縮とは,代謝の過程でアミノ酸がもつアミノ基に15Nが濃縮することであることは予想される。私たちのグループでは,アミノ酸窒素同位体比の正確かつ迅速な測定法を確立し,様々な生物試料を分析してきた。その結果,個々のアミノ酸の15Nの濃縮に規則があることを見出した。具体的にはグルタミン酸などの多くのアミノ酸は,代謝によって大きく15Nが濃縮するのに対し,フェニルアラニンやメチオニンには15Nがほとんど濃縮しない(グルタミン酸は8.0‰,フェニルアラニンは0.4‰,Chikaraishi et al., 2009)。アミノ酸によって15Nが濃縮したりしなかったすることには,代謝経路が深く関わっている。代謝される際に脱アミノ反応が起きてC-N結合が開裂する際には15Nの濃縮は見られるが,その一方で,脱アミノ反応で代謝されないフェニルアラニンは,15Nの濃縮が見られない(Chikaraishi et al., 2007)。アミノ酸代謝は,生体中できわめてよくコントロールされているため, 15Nの濃縮の度合いがきわめて安定しているものと考えられる。いずれにせよこの規則を用いると,生体中においてグルタミン酸とフェニルアラニンの窒素同位体比の差が,栄養段階の単純な一次関数になる。この栄養段階推定法の大きな長所は,天然環境中でみられる硝酸の窒素同位体比の日変化や年変化による影響を受けずに,より正確な栄養段階を推定できる。これまで,生態学的な試料に応用するとともに,人類学や古生物学,水産学といった分野にも応用されてきた(Naito et al., 2010; Ogawa et al., 2013)。微生物についてもまったく同じことが,培養実験から見出されており,微生物生態を「食物連鎖」という観点から見る手法として今後用いられていくだろう。
keywords:アミノ酸,窒素同位体比,栄養段階