PJ-170:海洋の緑膿菌はQuorum sensingを行わない?
1筑波大・生命環境, 2東京大・大海研
微生物は様々な環境中においてお互いにコミュニケーションをとりあうことで集団的な性質を示すことがわかってきている。そのような微生物間コミュニケーションの一つであるクオラムセンシング(Quorum sensing, QS)はシグナル物質を介して菌体密度を感知し、様々な遺伝子の転写活性を促進または抑制する機構である。緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)はQSを引き金として病原性因子の放出やバイオフィルムの形成を行い、感染症を引き起こすことから医療面で問題視されてきた代表的な日和見感染菌である。そのため感染症制御の観点からこのQSを標的とした研究が臨床単離株において数多くなされてきている。一方で興味深いことに緑膿菌はヒト体内だけでなく、土壌や河川などの自然環境中に広範囲に存在しており、近年では栄養や塩分濃度といった点で極限的な海洋中からも単離が報告されている(N. H. Khan et al., 2006, Microb Ecol)。従って緑膿菌は非常に高い環境適応能力を有しているとされている。様々な自然環境中への適応には微生物間コミュニケーションの寄与が予想されるが、それらの関連性についての報告はない。
本研究においては水環境中から単離された緑膿菌に着目し、QS制御下にある病原性色素ピオシアニン及び、QSシグナル(3-oxo-C12-HSL, C4-HSL, PQS)の生産量の比較を行った。その結果、河川や沿岸領域から単離された緑膿菌については活発なピオシアニン生産やQSシグナルの生産が見られるのに対し、外洋領域から単離された緑膿菌についてはそれらの生産量が低下していることが明らかになった。さらにいくつかのQSに関連した遺伝子について配列の解読を行った結果、3-oxo-C12-HSLの受容体タンパクをコードするlasR遺伝子にフレームシフトやトランスポゾンの挿入による変異が、またC4-HSLの生合成をコードするrhlI遺伝子にミスセンス変異が生じていることが明らかとなり、遺伝子変異によってQSの機能が失われていることが考えられた。外洋領域は河川や沿岸領域と比べ貧栄養環境かつ高塩分濃度とされ、そのような環境に適応するために自らのQSシステムを欠落させることが示唆された。以上の結果はQSの生態的意義の解明に重要な知見であると考えている。
keywords:Quorum sensing,*Pseudomonas aeruginosa*,Environmental strain