2019 Microbes and Environments 論文賞選考結果のお知らせ
2019 M&E 論文賞選考委員長
布浦 拓郎
論文賞選考委員:布浦拓郎(選考委員長)、鈴木志野、吉田奈央子、大塚重人、 清水将文、佐伯和彦、佐藤修正、八波利恵[敬称略]
選考対象論文:2019 年にMicrobes and Environments に掲載された総説等を除 く54 報のオリジナル論文
論文賞受賞論文ならびに著者
Nahoko Uchi, Mitsutaka Fukudome, Narumi Nozaki, Miyuzu Suzuki, Ken-ichi Osuki, Shuji Shigenobu, Toshiki Uchiumi
Microbes and Environments 34(2), 155-160 (2019).
論文賞授与理由
細胞内に細菌を共生させる生物にとって、暴走的な増殖の抑制を含む細菌機 能の制御は、共生の維持に欠かせない機能である。一部のマメ科植物は根粒特 異的に発現するシステインに富んだNCR(Nodule-specific Cysteine-Rich)ペプ チドを用いて根粒菌を制御することが知られている。しかし、その仕組みの解 明は端緒についたばかりであり、殆どの共生系における宿主による細菌制御機 構は依然として不明である。
アブラムシ−ブフネラ(Buchnera)属細菌の共生系は、ブフネラが世界で初 めて全ゲノム解析された共生菌として知られる(日本の研究グループによる!) 等、昆虫における代表的な相利共生系として知られる。アブラムシは、消化管 の近くにある菌細胞にブフネラを収納し、また、ブフネラはゲノムが著しく退 縮し、自由生活能を失っている。本論文では、エンドウヒゲナガアブラムシ (Acyrthosiphon pisum)のゲノムにコードされ菌細胞でのみ発現するシステイ ンに富んだBCR(Bacteriocyte-specific Cysteine-Rich)ペプチド7種のうち6 種を人工合成し、ブフネラと同様にGammaproteobacteriaに属す大腸菌ならび にAlphaproteobacteriaに属するアルファルファ根粒菌(Sinorhizobium meliloti) に及ぼす効果を調べた。その結果、BCRペプチドのうち4種は大腸菌に対して 抗菌効果を示し、うち3種はアルファルファ根粒菌に対しても抗菌効果を示し た。また、抗菌効果を示さないものも含めて、細胞の長大化や膜透過性の増大 効果を示した。さらに、BCRペプチド4種の過半は、NCRペプチドに対する抵 抗性に関与する膜タンパク質遺伝子(sbmA/bacA)を欠いた大腸菌とアルファ ルファ根粒菌の変異株に対して、より強い抗菌効果を示した。これらは、動物 であるアブラムシが、マメ科植物と同様、抗菌作用を持つシステインに富んだ ペプチドを細胞内共生細菌の制御に用いている可能性を支持する。
アブラムシ-ブフネラ共生におけるBCRペプチドの役割を解明するためには、 さらなる研究が必要ではある。しかしながら、動物(昆虫)であるアブラムシ と植物が、細胞内共生細菌の制御に(しかも、細菌自体の自由生活能の有無に 関わらず!)類似の機能を持つペプチドを用いている可能性を実験的に示した 本論文は、生物間相互作用の統合的な理解への扉を開くエキサイティングな仕 事である。他の共生系においても、平行進化により、類似の仕組みが存在する のか、また、それであるなら、どのようにして、この仕組みを獲得するのか、 今後の著者らの研究だけでなく、関連する研究の進展が待ち遠しい。
選考委員会で挙げられた優秀論文について
本審査において、8名の選考委員がMVPとほぼ同等に評価した論文を「審査員 特別賞」として、また、その他の印象深い論文について「2019 Microbes and Environments 論文賞選考委員会選出優秀論文」として以下の論文をコメントと 共にHPへ掲載します。
「選考委員会特別賞」 (鈴木・佐藤・吉田・布浦委員推薦)
Takashi Kushida, Issay Narumi, Sonoko Ishino, Yoshizumi Ishino, Shinsuke Fujiwara, Tadayuki Imanaka, Hiroki Higashibata
Microbes and Environments 34(3), 316-326 (2019).
本論文では、Thermococcus kodakarensisが有す2つのDNAポリメラーゼPolB とPolDのうち、真核生物におけるDNA複製に関与するDNAポリメラーゼと 同じファミリーに属すPolBに着目した。そして、遺伝子破壊株の構築とPolB プラスミドでの相補実験により、極めて丁寧な機能解析を行なったものである。 その結果、PolBは、PolDとは異なり、DNA複製には関与しないが、DNA修 復において主要な役割を果たすことを明確に示した。
ゲノムがコードする遺伝子の機能推定(アノテーション)から生命機能が語ら れることが多い昨今、個々の遺伝子のもつ新規機能同定の波及効果は計り知れ ない。この現象はDNA損傷を多く受ける高熱環境適応として考察されているが、 生物全体におけるDNAポリメラーゼの進化を考える上でも重要な成果である。 また、ユーカリオートはアーキアを宿主とし、バクテリアを共生させることで 進化したとされるが、その逆にならなかったのは、このように洗練された遺伝 システムをアーキアが進化させたことに起因したのかもしれない・・・。
本論文の特筆すべき点は、何と言っても圧倒的な完成度であり、あらためて、 科学研究とは可能な限り確固たるデータに基づき語られるべきものであること を再認識させられる論文である。多くの微生物生態研究、環境微生物研究にお いて、この論文のレベルまでの実験系構築は容易ではない(時に不可能である) が、論理的で緻密な実験設計は、学生、若手研究者のまさにお手本となる論文 であり、本論文が学会誌である本誌において掲載されたことは極めて意義深い。
「2019 Microbes and Environments 論文賞選考委員会選出優秀論文」
清水委員推薦
María Daniela Artigas Ramírez, Mingrelia España, Claudia Aguirre, Katsuhiro Kojima, Naoko Ohkama-Ohtsu, Hitoshi Sekimoto, Tadashi Yokoyama
Microbes and Environments 34(1), 43-58.
本論文の筆者らはベネズエラ各地の土壌で栽培したダイズから多数の根粒菌を 分離し、その分子系統学的位置や共生関連遺伝子(根粒形成遺伝子,窒素固定 遺伝子)などについて詳細な解析を行った。一般に根粒菌は宿主特異性が高く、 ダイズにはBradyrhizobium japonicumやB. elkanii、Rhizobium frediiなど一部 の種のみが共生できるといわれている。ところが,本研究の結果から,これら の細菌とは遠縁な(Para-)Burkholderia属がダイズ根粒菌としてベネズエラの 土壌に広く分布していることが明らかとなった。さらに,これらの(Para-) Burkholderia属菌株は,既知のダイズ根粒菌から水平伝搬したと思われる共生 関連遺伝子を持つことも明らかとなった。同属別種間での共生関連遺伝子の水 平伝搬は既に報告されているが,遠縁な細菌間でも同様の水平伝搬が起こるこ とで,その土地に適応した新しい根粒菌が本当に生まれているのであれば極め て興味深い。なぜ,多様な細菌群の中で(Para-)Burkholderia属に共生関連遺 伝子が水平伝搬したのか?共生関連遺伝子の水平伝搬は偶発的なイベントなの か?など,本論文を読むと,次々と新しい疑問が湧いてくる。筆者らの今後の 研究の発展に大いに期待したい。
大塚・佐伯・清水委員推薦
Turgut Yigit Akyol, Rieko Niwa, Hideki Hirakawa, Hayato Maruyama, Takumi Sato, Takae Suzuki, Ayako Fukunaga, Takashi Sato, Shigenobu Yoshida, Keitaro Tawaraya, Masanori Saito, Tatsuhiro Ezawa, Shusei Sato
Microbes and Environments 34(1), 23-32.
本論文研究は、6つの開放系圃場において、それぞれ異なるリン施肥条件のも とネギを栽培し、市販のAM菌根菌の接種がネギ根圏の土着細菌および真菌の 群集構造に与える影響を、土壌DNAのPCRアンプリコン塩基配列をハイスル ープット解析することにより詳細に明らかにしたものである。AM菌根菌は宿主 (本研究ではネギ)に土壌中からリンを供給する働きをするため、異なるリン 施肥条件を設定したところに、AM菌根菌とネギのリンをめぐる生存戦略に関す る筆者らの興味が見て取れるが、さらに筆者らは、ネギ根圏の「その他の」微 生物との相互作用に目を向けており、先人たちの考察の及ばなかった領域に足 を踏み入れている。戦略的な実験デザインのもと、得られた膨大なデータを数 理的に処理することにより、接種されたAM菌がネギ根圏の微生物群集構造に 影響を与えることを明らかにし、またAM菌に有益と思われる特定の細菌群を 選択的に活性化し、AM菌による植物育生効果をさらに高めている可能性を示し ている。このように、本論文は学術的に重要な知見をもたらすものであるが、 同時に応用的な目標を見据えていることも明確である。バイオ肥料の利用は、 2015 年に国連サミットにおいて、2016 年から2030 年までの国際目標として 採択されたSustainable Development Goals(SGDs,持続的な開発目標)の実現 のための重要な鍵の一つと考えられている。AM菌の利用はバイオ肥料の最有力 候補であり、本論文は、実際の農地と同様の開放系土壌を実験の場としたこと で、将来のより効果的なAM菌利用への一つのアプローチを示したとも言える だろう。
吉田・八波委員推薦
Kana Sumikawa, Tomoyuki Kosaka, Noriaki Mayahara, Minenosuke Matsutani, Koichi Udo, Mamoru Yamada
本論文は凝集性を有する好熱性メタン生成アーキアMethanothermobacter sp. CaT2株の凝集機能が、これまで着目されていなかった膜結合タンパク質によっ て生じることを示した論文である。メタン生成アーキアの凝集性はメタン発酵 リアクターの要となるグラニュール形成に重要である。 中温性のメタン生成ア ーキアの凝集機構として菌体外DNA、多糖類、線毛が明らかにされてきた一方、 高温性メタン生成アーキアの凝集機構についてはほとんど報告がなかった。こ のような中、本論文ではMethanothermobacter sp. CaT2株について凝集能をも たない変異株を作製し、この変異株が膜結合タンパク質MTCT_1020コード領 域に変異をもつことを示した。既報の常識に捉われず、嫌気性で且つ過去に変 異株の作製の例のない微生物の変異株の作製に挑まれ、 機能未知の細胞表層タ ンパク質が凝集性に関わることを突き止められた探求心に溢れる論文である。 また本論文ではMTCR-1020ホモログがメタン生成グラニュールで頻出される メタン生成アーキアやバクテリアにも広く分布することを明らかにしており、 他の微生物研究に広く波及することが期待される。