今,思う「集団」と「個」
岡部 聡(北海道大学大学院工学研究院)
2020 年 12 月現在,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大が収まらず世界を大きく揺るがしている。
緊急事態宣言が発出される歴史的パンデミックとなり,東京 2020 オリンピック・パラリンピックも延期となった。
私たちの日常生活や経済活動に様々な制約を与えている。大学の研究室も一時的に閉鎖状態となり,会議や授業もオ
ンライン開催となった。今ではこれが当たり前のようにさえ感じる。COVID-19 は 100 年前に襲来したスペイン風
邪のパンデミックと比較される。しかし,当時はスペイン風邪の病原体(インフルエンザウイルス)を明らかにする
ことはできず,1918 年から 1920 年にわたって第 1 波,第 2 波,第 3 波と感染拡大が生じ,当時の世界人口の
約1/3 が罹患し,人類史上最も多くの死者(約 1 億人)を出した。それから 100 年後,近代科学技術を手にした
我々は,2019 年 12 月に新型コロナウイルス感染を確認して以来,迅速なウイルスの単離,ゲノム解読,ゲノム情
報に基づく分子疫学調査,診断方法(RT-qPCR など)や治療方法の確立,ワクチン開発など,僅か 1 年間で猛威を
振るうウイルスに立ち向かう準備が着々と進められている。これは科学技術の進歩の証であり,1 日も早いパンデ
ミックの収束が待ち望まれる。
このような歴史的な苦難の時期に,日本微生物生態学会の会長に就任いたしました北海道大学の岡部聡です。今の
私の率直な心境を比喩するなら,強い向かい風の中,マラソン大会でペースメーカーがいなくなった 35 km 時点で
先頭集団の先頭に押し出された感じです。マラソンは個人競技ではありますが,好記録を達成するためには集団で走
ることが重要です。不思議なことに,集団で走れば単独で走るより楽に早く走れます。先頭がペースを落とすと集団
全体もそれに追随し好記録は望めません。先頭に立ったランナーは暗黙の了解でそれを自覚し,また,集団の中のラ
ンナーは,ペースを維持するために時には自ら先頭に立ち集団を引っ張ります。マラソンでスピードを緩めることは
大変勇気がいることなのです。個々のランナーはすべてライバル(競争相手)であるが,集団を形成し集団の力を利
用して好記録を目指します。このマラソンの「集団」と「個」の関係は,「学会」と「会員」の関係と類似している
と思います。すなわち,志を同じくした個が緩やかに繋がり集団を形成することにより(強制するものではない),
個人はもとより集団全体が活性化するのです。
コロナ禍への対応に加え,研究費の削減,人材不足,業務(雑務)の増加など研究環境は大変厳しい状況にありま
す。「やらなくてもいいことを勇気をもってやらない」ことにより,「やらなければならないこと(研究)」に集中
できる環境造りが重要であると思います。適正な規模の社会に戻る時代(縮小する社会ともいわれている)におい
て,勇気を持って「断捨離」を断行し,「やらなくてもいいこと」と「やらなければならないこと」の優先順位付け
を改めて行う必要があると思います。
最後になりますが,ご存知のように,集団の先頭を走るランナーは,空気抵抗が大きく体力・気力の消耗が激しで
す。35 km から 37 km あたりまで全力で集団を引っ張ります。あとは力を温存したランナー(日本微生物生態学会
は元気な若手が多いので)に先頭を交代し引っ張ってもらい,ゴールまで必死にもがく所存です。自己記録更新が達
成できるようペースメイクを頑張ります。