2017年度 M&E論文賞選考結果のお知らせ

2017 Microbes and Environments論文賞選考報告

2018年5月7日
2017 M&E論文賞選考委員長
南澤 究

下記メンバーによる選考委員会による厳正な選考の結果2017年の「Microbes and Environments 論文賞」を以下のようにご推薦致します。

論文賞選考委員:南澤究(選考委員長)、二又裕之、重松 亨、九町健一、青井議輝、本郷裕一、齋藤明広

選考対象論文:2017 年にMicrobes and Environments に掲載された総説等を除く49報のオリジナル論文

 

論文賞受賞論文ならびに著者
Predominant but Previously-overlooked Prokaryotic Drivers of Reductive Nitrogen Transformation in Paddy Soils, Revealed by Metatranscriptomics
Yoko Masuda, Hideomi Itoh, Yutaka Shiratori, Kazuo Isobe, Shigeto Otsuka, Keishi Senoo
32 (2): 180-183.

論文賞授与理由
本論文では、水田土壌の嫌気層における脱窒・アンモニアへの異化的硝酸還元(DNRA)・窒素固定の還元的な窒素化合物の変換 (RNT) を担う微生物を明らかにするため、RNT関連遺伝子に注目しメタトランスクリプトーム解析の実験を行った。その結果、水田土壌のRNT関連遺伝子のほとんどが、Deltaproteobacteriaの細菌由来であり、Anaeromyxobacter 属およびGeobacter属由来であることを明らかにした。特に、DNRA過程の亜硝酸からアンモニアへの還元を担っているnrf遺伝子と窒素固定のnif遺伝子のほとんどがDeltaproteobacteriaの細菌であること、従来Alpha, Beta, Gamma-Proteobacteriaの脱窒菌でN2までの還元が完結すると考えられてきたが、N2O還元からはAnaeromyxobacterが担う、複数の微生物による協業が示唆された。これらの知見は、従来の純粋分離された細菌に基づいたPCR解析では見逃されていたものである。さらに、水田土壌のみでなく、GeobacterAnaeromyxobacterが高頻度に検出され一般環境への広がりが示唆されている。
本研究がきっかけとなり、嫌気的な環境での窒素循環においてこれまで見落とされてきたDeltaproteobacteria細菌の生態学的な役割の解明へ向けて、大きな波及効果が期待される。実際、本論文は出版1年以内に、AEMやScientific Reportsに早々に引用されており、世界の微生物生態分野の研究にインパクトを与える成果である。さらに、実験的に困難な土壌メタトランスクリプトーム解析をRNT関連遺伝子に絞って徹底的に研究を実施した点は、アイデア、アプローチ、実験デザインの独創性が見られる。本論文はShort Communicationであるが、Supplementary Material中の多数のデータに裏打ちされており、インパクトのある速報的な論文のあり方も体現している。
論文賞選考委員会では、Microbes and Environments誌32巻に掲載された全Regular PapersおよびShort Communications(49編)について精査し、本論文は「M&E論文賞レガシー」選考基準に合致し、2017 M&E論文賞に相応しいと評価した。


選考委員会で挙げられた優秀論文について
7名の選考委員による議論の過程で、以下の論文も候補に挙がりました。これらの論文はいずれも価値の高い魅力的なものであり、選考委員から高く評価されたことから「2017 Microbes and Environments論文賞選考委員会が選んだ優秀論文」として以下の7つの論文を併せて発表いたします。各優秀論文には各々の委員からのコメントが添えられています。

【二又委員】
Transcription of [FeFe]-Hydrogenase Genes during H2 Production in Clostridium and Desulfovibrio spp. Isolated from a Paddy Field Soil.
Ryuko Baba, Mayumi Morita, Susumu Asakawa, Takeshi Watanabe. 32(2): 125-132.

水田は、湛水から乾土状態にまでダイナミックに変化する人工の生態系であり、連作障害を発生せず、作物生産に伴い土壌が富む理想的な栽培システムである。筆者等は水田からの水素生成および嫌気下における有機物分解に着目し、代表的な3種類の嫌気微生物を水田から分離、[FeFe]-hydrogenaseのパラログ遺伝子hydAの転写を単独条件と共生条件下で比較している。1つの菌株には複数のhydAが存在し、それらが役割分担を担っていること示している。特に硫酸還元細菌が単独で硫酸呼吸する場合と水素資化性methanogenと共生する場合で発現パターンが異なることは、微生物が生息環境に応じて巧みに生存戦略を切り替えることを伺わせる。転写制御機構や全体の代謝の中での位置付けなど不明な点も多いが、水田で生じている微生物を起源とする様々な現象を解明理解することは、純粋に楽しいと思う。網羅的ビックデータだけではおそらく見えてこない現象を、微生物を分離し丁寧な解析を進めることで微生物の生態(生き様)に迫っており、今後は両方の視点から微生物生態の理解が進められることに期待したい。

【重松委員】
Complete Genome Sequence of Pseudomonas chlororaphis subsp. aurantiaca Reveals a Triplicate Quorum-Sensing Mechanism for Regulation of Phenazine Production.
Tomohiro Morohoshi, Takahito Yamaguchi, Xiaonan Xie, Wen-zhao Wang, Kasumi Takeuchi, Nobutaka Someya. 32(1): 47-53.

Pseudomonas chlororaphis subsp. aurantiacaは、N-acyl-l-homoserine lactone (AHL)を介したquorum sensing系によってphenazineの生合成を制御している。本論文の著者達は、以前行ったドラフトゲノム解析で明らかとした2セットのquorum sensing 系遺伝子に満足せず、完全長ゲノムを詳細に解析し、相同性から第3のquorum sensing 系の存在を見出した。そして、この3つのquorum sensing系遺伝子を同時に破壊した変異株を作成してphenazineの生合成能の喪失を証明した。これらの実験内容および得られた結果から著者達の素晴らしい努力と執念が感じられた。さらに、pathogenを用いた実験によって、この3つのquorum sensing 系遺伝子がpathogenに対する抑制に重要であることを明らかにした。本研究の成果は、quorum sensingの機構解明としての微生物生態学の基礎的で大きなインパクトにとどまらず、植物の病原菌の抑制技術への応用的価値も高いものと考えられる。また、現時点ですでに5件の論文から引用されており、本論文による当該領域の発展に資する波及効果も大いに期待される。

【九町委員】
Biocontrol Potential of an Endophytic Streptomyces sp. Strain MBCN152-1 against Alternaria brassicicola on Cabbage Plug Seedlings.
Naglaa Hassan, Satoko Nakasuji, Mohsen Mohamed Elsharkawy, Hushna Ara Naznin, Masaharu Kubota, Hammad Ketta, Masafumi Shimizu. 32(2): 133-141.

病原菌(Alternariaという真菌)によるキャベツ苗の病気を防ぐバクテリアの単離を行った論文である。単離株は新規なStreptomyces属放線菌であり、その効果は非常に高く、接種量を増やすとほぼ完全に病徴が抑制された。放線菌であるため胞子を利用することが可能であり、保管条件にそれほど気を使わなくても活性を長期に渡って保てるという実用上のメリットも期待される。スクリーニングに使ったのは、取扱いの容易なモデル植物ではなくキャベツであり、また数多く(80近く)の候補株をテストしているので、その労力は大変なものだったろうと想像する。論文で提示されたデータを見ると実用化にかなり近い段階にあると感じる。本菌株は、Alternariaの胞子の発芽抑制や菌糸の伸長抑制といった活性は示さなかったことから、どのようにして病原活性を抑制しているのかという基礎研究的な側面からも興味深い。

【青井委員】
Release and Constancy of an Antibiotic Resistance Gene in Seawater under Grazing Stress by Ciliates and Heterotrophic Nanoflagellates.
Thi Lan Thanh Bien, Ngo Vy Thao, Shin-Ichi Kitamura, Yumiko Obayashi, Satoru Suzuki. 32(2): 174-179.

本論文は、抗生物質耐性菌および耐性遺伝子の環境中での挙動を明らかにしたものである。多剤耐性菌が医療現場では極めて深刻な問題を引き起こしつつあり世界的に最重要課題の一つであることは周知の通りである。したがって、多剤耐性遺伝子の挙動を正しく理解することは、今後の対策を構築する上で重要な点である。そこで、著者らは、海洋環境中における原生動物の捕食という、実環境中において微生物のポピュレーションをコントロールしている主要因子が,多剤耐性遺伝子の挙動(捕食圧下における安定性や耐性遺伝子の放出)に与える影響を評価した。結果として、捕食圧下においてもある一定の割合で耐性遺伝子は安定して保持され続けることから、海洋環境が多剤耐性遺伝子のリザーバーとして機能するという結論が得られている。これまで抗生物質耐性菌そのもの挙動を評価する研究は盛んにおこなわれているものの、実際の環境中での抗生物質耐性菌や耐性遺伝子の挙動や安定性を正しく評価する研究は少ない。したがって、新しく重要な視点を提供するという本論文の意義は高いものと考える。

【本郷委員】
A Versatile and Rapidly Deployable Device to Enable Spatiotemporal Observations of the Sessile Microbes and Environmental Surfaces.
Tatsunori Kiyokawa, Ryo Usuba, Nozomu Obana, Masatoshi Yokokawa, Masanori Toyofuku, Hiroaki Suzuki, Nobuhiko Nomura. 32(1): 88-91.

微生物生態学において、バイオフィルムの形成機構や機能の解明は最重要課題の一つである。本論文の著者らは、同課題においてこれまでに数多くの優れた業績をあげてきた。その背景には、著者ら自身が新たなデバイスを開発し、それによって、これまで困難であった観察・計測を可能にしてきたという事実がある。本論文では、ガラスや金属をはじめ、木材、葉、肉など、多様な物質の表面におけるバイオフィルムの動態を観察可能とする新たなデバイス「Stickable Flow Device」の開発を報告している。市販の両面テープ、カバーガラス、シリコンチューブなどの入手容易で安価な材料を用いたデバイスであり、汎用性が高い。観察には高価な共焦点レーザー顕微鏡や共焦点反射顕微鏡が必要であるが、得られる見返りは大きいであろう。こうした手法開発の論文の本誌への掲載は歓迎すべきことで、特に高く評価したい。

【齋藤委員】
Nitrate Supply-Dependent Shifts in Communities of Root-Associated Bacteria in Arabidopsis.
Noriyuki Konishi, Takashi Okubo, Tomoyuki Yamaya, Toshihiko Hayakawa, Kiwamu Minamisawa. 32(4): 314-323.

Arabidopsis thaliana(シロイヌナズナ)はアブラナ科のモデル植物である。本論文では、窒素栄養として与えられる硝酸態窒素の量の違いによって、シロイヌナズナの根の細菌群集構造が変化することが明瞭に示されている。着眼と実験設計には、シロイヌナズナの硝酸態窒素応答研究で蓄積されてきた知見と材料が活かされている。根の細菌群集構造とそれに対する硝酸態窒素影響について、NLP7やTCP20(いずれも硝酸応答遺伝子群の転写因子)の遺伝子変異系統と野生型植物の間で大きな相違がなかったことは、期待はずれであったかもしれないが、その分、大発見につながることが期待できるだろう。硝酸態窒素量に依存的な根の細菌群集構造の変化について、高等植物における共通性が議論されているのを興味深く感じた。シロイヌナズナと土壌微生物研究の接点というと、Nature誌に2012年に掲載されたシロイヌナズナの根の細菌群集構造に関する二つの論文が印象深いが、本論文には、それらを含め、超一流誌掲載論文が多く引用されており、その学術的価値を垣間見ることができる。着眼、実験設計、データの質と量、考察、など、あらゆる面で、手本の一つとしたい論文である。

【南澤委員】
Discovery and Complete Genome Sequence of a Bacteriophage from an Obligate Intracellular Symbiont of a Cellulolytic Protist in the Termite Gut.
Ajeng K. Pramono, Hirokazu Kuwahara, Takehiko Itoh, Atsushi Toyoda, Akinori Yamada, Yuichi Hongoh. 32(2): 112-117.

本論文は、シロアリ腸内微生物のゲノム解析中に得られた環状ファージProJPt-Bp1のゲノム(99,517bp)の存在とその意義を明らかにしたもので、シロアリ腸内の原生生物細胞内に絶対共生している窒素固定菌Azobacteroides pseudotrichonymphaeがホストとなっているファージであった。徹底した塩基配列解析によりホストがファージのtRNA-Gln (CAG)に依存してタンパク質を翻訳していることや、当該環状ファージの一部とホストのプラスミドとの遺伝子交換現象の可能性が示唆された。この発見により、シロアリ腸内生物の多重共生の概念がウイルスまで拡大され、シロアリ・原生動物・絶対共生菌・ファージの多階層のダイナミックな生態系の存在が明らかになった。また、シロアリ腸内生態系における当該ファージの感染過程・宿主細菌の防御について得られたデータから議論されていることも好感が持てる。本論文は、培養できない絶対共生細菌のファージ研究に一石を投じた論文で、微生物生態学や共生生物学の領域で新規性の高い発見である。