2020 Microbes and Environments 論文賞選考結果のお知らせ

2020 M&E 論文賞選考委員長
野村 暢彦

論文賞選考委員:野村暢彦(選考委員長),佐藤修正,井町寛之,砂村倫成,大塚重人,八波利恵,吉田奈央子,玉木秀幸[敬称略]

選考対象論文:2020 年に Microbes and Environments に掲載された総説等を除くオリジナル論文

 

論文賞受賞論文ならびに著者
Mechanisms of Rice Endophytic Bradyrhizobial Cell Differentiation and Its Role in Nitrogen Fixation

Teerana Greetatorn, Shun Hashimoto, Taro Maeda, Mitsutaka Fukudome, Pongdet Piromyou, Kamonluck Teamtisong, Panlada Tittabutr, Nantakorn Boonkerd, Masayoshi Kawaguchi, Toshiki Uchiumi, and Neung Teaumroong
Microbes and Environments 35(3), ME20049 (2020).

論文賞授与理由
 根粒中の根粒菌は特殊な形態に分化しており,バクテロイドと呼ばれている。タルウマゴヤシやエンドウ等の Inverted Repeat-Lacking Clade に属するマメ科植物の根粒中のバクテロイドは,非共生状態と比較して,菌体細胞の肥大化・核酸含有量の増加などの特徴を有している。このバクテロイド化には宿主植物の抗菌性ペプチドと共生菌の BacA トランスポーターが重要な役割を果たしていることが知られている。
 本論文は,マメ科植物に対して根粒菌として共生するとともに,イネの内生菌としても相互作用することができる Bradyrhizobium sp. strain SUTN9-2 について,イネの内生状態の電子顕微鏡観察で菌体細胞の肥大化傾向を発見したことを端緒として,イネの内生状態においても宿主による共生菌の制御機構が作用しているという仮説を立て,イネの抽出液を用いた詳細な解析を行うことによりそれを証明したものである。蛍光標識した SUTN9-2 株を用いてイネ内生時の菌体細胞の肥大化を確認した後,イネの抽出液を加えた培地で SUTN9-2 株を培養することにより,細胞の肥大化,核酸含有量の増加,窒素固定活性の上昇が誘導されることを明らかにした。SUTN9-2 株の BacA-like 遺伝子(bclA)の破壊株を用いた解析により,この遺伝子が細胞の肥大化,窒素固定活性の上昇に関与することを示した。トランスクリプトーム解析を含めたSUTN9-2 株の遺伝子発現解析により,イネ抽出液添加時の cell cycle や窒素固定関連遺伝子の発現上昇も確認している。また,イネの抽出液としてタイで栽培されている indica タイプのイネ系統からのものを用いた方が japonica タイプのイネ系統からのものを用いた場合よりも強い効果が出ることを示した点も共進化を考える上で興味深い。
 自らの観察に基づいた仮説を検証するための詳細な実験を積み重ねることにより,これまで受動的な関係と考えられていたイネと内生菌との相互作用のイメージを一変し,イネからの抗菌性ペプチドの分泌等の能動的な働きかけを示唆する多数の結果を得ており,植物-微生物の相互作用研究の新展開につながる重要な成果論文であると考えられる。イネの作用物質の解明や他の内生菌での調査など,今後の進展も期待される。

 

選考委員会で挙げられた優秀論文について
本審査において,8 名の選考委員が MVP に準ずると評価した論文を「審査員 特別賞」として,また,その他の印象深い論文について「2020 Microbes and Environments 論文賞選考委員会選出優秀論文」として以下の論文をコメントと共に HP へ掲載する。

「選考委員会特別賞」(砂村・大塚・玉木・佐藤・井町・吉田委員推薦)
Aposymbiosis of a Burkholderiaceae-Related Endobacterium Impacts on Sexual Reproduction of Its Fungal Host
Yusuke Takashima, Yousuke Degawa, Tomoyasu Nishizawa, Hiroyuki Ohta, and Kazuhiko Narisawa
Microbes and Environments 35(2), ME19167 (2020).

 本論文は,未だ不明な点の多い「糸状菌-細菌間相互作用」に着目し,糸状菌に内生する共生細菌の存在が,宿主糸状菌の有性生殖過程に強く関与していることを明らかにしたものである。具体的には,著者らが国内(北海道と長野)で単離した複数のクサレケカビ(Mortierella sugafairana)について,その内生共生細菌株を精緻に比較することで Burkholderia-related endobacteria(BRE)を持つ宿主糸状菌では有性胞子(Zygospore)形成が起こらないことを見出したものである。さらに著者らは,非常に丁寧な BRE の除去実験を通じて,BRE が存在する時は有性胞子を形成しないが,BRE を除去すると宿主糸状菌が有性胞子を形成するようになることを証明している。
 本論文の特筆すべき点は,世界に先駆けて,特定の内生共生細菌が宿主である糸状菌の有性生殖プロセス(有性胞子形成)に決定的な影響を与えうることを明らかにした点である。また本発見は,同種真菌内の比較観察に基づいて立てられた独自の仮説が出発点になっており,丁寧かつ精緻な実験により,真菌類の子孫繁栄に共生細菌が関わっていることを示したものとして高く評価できる。こうした真菌と共生細菌の関係性が普遍的な現象か否かや,内生共生細菌による宿主糸状菌の有性胞子形成抑制がどのようなメカニズムで起きるのかなど,非常に興味深い研究課題を導く重要な現象の発見であり,「糸状菌-細菌間相互作用」研究分野の発展に貢献する成果である。今後のさらなる調査が期待される。

「2019 Microbes and Environments 論文賞選考委員会選出優秀論文」
(井町委員推薦)

Potential Use of L-arabinose for the Control of Tomato Bacterial Wilt
Hui-Zhen Fu, Malek Marian, Takuo Enomoto, Haruhisa Suga, and Masafumi Shimizu
Microbes and Environments 35(4), ME20106 (2020).

 本論文は,L- アラビノースを土壌に浸漬させておくことで Ralstonia pseudosolanacearum に起因するトマトの細菌性病害の防除に効果があることを発見した初めての報告である。筆者らはトマトの根から分泌された R. pseudosolanacearum が同化できない糖類を用いれば,R. pseudosolanacearum の増殖を抑えることができ,最終的にトマトの細菌性病害を防ぐことができるとの仮説を立てて実験を行っている。まずトマトから分泌されている 10 種類の糖類を用いて R. pseudosolanacearum の培養実験を行い,4 種類の糖類が同化できないことを特定した。続いて,この 4 種類の糖類をトマトを使ったバイオアッセイならびにポット試験を行い,L- アラビノースがトマトの細菌性病害を効果的に抑制できることを示した。
 本研究は著者らが立てた独自の仮説に基づいた研究であること,実験も丁寧に行われていること,結果として植物の細菌性病害に対する新しい防除法になりえることを明瞭に示しており,独創性と新規性に富んだ素晴らしい論文である。本研究の成果は,安全で環境にやさしく,費用対効果の高いトマトの細菌性病害を防除する技術となる可能性があり,今後の研究の発展が楽しみである。

(砂村委員・玉木委員推薦)
Anti-bacterial Effects of MnO2 on the Enrichment of Manganese-oxidizing Bacteria in Downflow Hanging Sponge Reactors
Shuji Matsushita, Takafumi Hiroe, Hiromi Kambara, Ahmad Shoiful, Yoshiteru Aoi, Tomonori Kindaichi, Noriatsu
Ozaki, Hiroyuki Imachi, and Akiyoshi Ohashi
Microbes and Environments 35(4), ME20052 (2020).

 マンガン酸化微生物は,環境下での酸化速度が極めて遅い Mn2+ の酸化を促進し,二酸化マンガンを沈殿させる微生物である。本論文は,二酸化マンガンの微生物への毒性に着目し,MnO2 含有スポンジと通常スポンジを用いた DHS リアクター比較培養実験を通じて,二酸化マンガン含有スポンジリアクターでは,マンガン非耐性微生物群が減少し,短期間でマンガン除去率を増加させられることを示した。マンガン酸化リアクター構築の意義を読者にわかりやすく解説した上で,研究室の蓄積を活かした独自の着想・仮説に基づき,マンガン除去率と微生物群集構造の変化で仮説を実証した素晴らしい論文である。
 論文中で述べられているように,工業的には,効率的なマンガン酸化微生物リアクターは,産業排水や鉱山廃水の浄化,生成物である鉄マンガン酸化物への吸着を通じたレアメタル回収への応用が期待できる。加えて,リアクターシステム微生物群集を構築する多様な微生物種が有する機能的重複とその生態学的意義,マンガン酸化のエネルギーだけでは生育できないマンガン酸化微生物のマンガン酸化機能獲得進化,および未知のマンガン酸化細菌の培養化と生理生態物機能の解明と利活用のように,多分野での研究の発展も考えられ,夢のある実験系として今後の研究の進展に期待したい。

(佐藤委員・大塚委員推薦)
Invention of Artificial Rice Field Soil: A Tool to Study the Effect of Soil Components on the Activity and Community of Microorganisms Involved in Anaerobic Organic Matter Decomposition
Yu Maeda, Kazumori Mise, Wataru Iwasaki, Akira Watanabe, Susumu Asakawa, Rasit Asiloglu, and Jun Murase
Microbes and Environments 35(4), ME20093 (2020).

 土壌の物質循環機能を支える微生物群集が,土壌の性状の影響をどのように受けているのかを詳細に研究するためには,野外の土壌における知見を積み重ねることに加え,「人工土壌」を構築して研究に供することが有効だろう。本論文の著者らは,水田土壌試料を構成要素に分けて精製した上で再構成し,微生物群集を戻して嫌気条件におくことにより,メタン生成反応を再現する人工土壌の構築に成功した。
 著者らは,再構成後の熟成期間の影響に加え,再構成による人工土壌の利点を活かして腐植物質が微生物群集構造の形成に与える影響についても検討し,導入した微生物群集の代謝を活性化する上で熟成期間が重要であること,また腐植物質の有無により構成される微生物群集に差異を生じることを見いだした。さらに,バイオインフォマティクスを導入し,人工土壌における微生物群集の多様性は元の土壌よりも著しく少なかったものの,基本的な機能プロファイルは元の土壌と類似していることも示したが,これは土壌微生物の機能的冗長性を明確に表したものと言える。
 人工土壌の発想自体はこれまでにもあったが,本論文の研究は,水田土壌の還元層土壌を初めて人工的に再現したものである。水田土壌で微生物が関わって生じる現象について調査し解析しようとするとき,化学的,物理的,生物的,時間的要素が複雑に絡まっているフィールドの土壌では,その現象のメカニズムを明らかにすることは非常に困難である。しかし今後は,人工土壌を用いて各種要素を人工的に設定することにより,安定した解析のバックグランドが提供され,水田土壌における微生物群集の構造や機能を統一した評価基準で比較解析することが可能になると期待される。

(玉木委員・八波委員推薦)
Requirement of γ -Aminobutyric Acid Chemotaxis for Virulence of Pseudomonas syringae pv. tabaci 6605
Stephany Angelia Tumewu, Hidenori Matsui, Mikihiro Yamamoto, Yoshiteru Noutoshi, Kazuhiro Toyoda, and Yuki
Ichinose
Microbes and Environments 35(4), ME20114 (2020).

 本論文は,植物病原細菌におけるγ-アミノ酪酸(γ-Aminobutyric Acid; GABA)特異的走化性受容体(McpG)を同定し,McpG が本菌の病原性発現に重要な役割を担うことを明らかにした論文である。
これまで,GABA は植物と細菌性病原体との相互作用を媒介するシグナル伝達物質として機能していると推定されていたが,その伝達メカニズムはわかっていなかった。本論文では,まずゲノム配列から数種の走化性関連遺伝子を見出し,それらの欠損株を用いた精緻な走化性解析から,GABA 特異的走化性受容体(McpG)を同定している。さらに,タバコ苗および葉を用いた接種実験より,McpG が本菌の初期・後期の病原性発現(侵入や病原性因子の発現)に強く関与することを示している。多様で複雑な植物-微生物間相互作用,特に走化性と病原性発現に関わる分子基盤の一端を明らかにしたものとして本論文は高く評価できる。同定した McpG の構造機能相関および GABA を介したシグナル伝達機構の全貌解明に大いに期待がもたれる。

(吉田委員推薦)
Differential Responses of a Coastal Prokaryotic Community to Phytoplanktonic Organic Matter Derived from Cellular Components and Exudates
Hiroaki Takebe, Kento Tominaga, Kentaro Fujiwara, Keigo Yamamoto, Takashi Yoshida
Microbes and Environments 35(3), ME20033 (2020).

 海洋の光合成由来有機炭素循環という壮大なテーマに,赤潮微生物の分解モデル実験で一端を明らかにしようとした挑戦的な論文である。本論文は海洋における粒子性有機炭素(細胞)および溶存性有機炭素の分解微生物を赤潮由来の有機炭素の資化試験から特定することが試され,細胞と溶存炭素を資化する特徴的な群集構造を捉えている。具体的には赤潮細胞由来有機物を Alteromonadales 目細菌が資化し溶存態有機物は多様な微生物によって資化される結論を示しており,これは過去にメタゲノム解析等で示唆された事実と一致することからも,仮説として信頼できると評価される。沿岸域の炭素循環は持続可能な社会を実現する上で非常に重要であり,教科書で有機炭素分解微生物が動物プランクトンと一括りされている状況を常々心苦しく思っていた委員にとってきらりと光る論文であった。