2016年度M&E論文賞選考結果のお知らせ

2016年「M&E論文賞」は下記メンバーから成る選考委員会による厳正な選考の結果ならびに編集委員長の最終判断によって以下のように決定しました。

論文賞選考委員会:二又裕之(委員長)、豊田剛己、中野伸一、野村暢彦、濱村奈津子 [敬称略]

選考対象論文:2016年にMicrobes and Environmentsに掲載された総説等を除くオリジナル論文すべて。

 

論文賞受賞論文ならびに著者

FLDS: A Comprehensive dsRNA Sequencing Method for Intracellular RNA Virus Surveillance
Syun-Ichi Urayama, Yoshihiro Takaki, and Takuro Nunoura
Microbes and Environments 31(1), 33-40 (2016)

 

論文賞授与理由

本論文は、BacteriaArchaeaEukarya全ての生物界に存在し、影響を相互に与え続けている存在であるウイルスの実態を理解する為、細胞内に存在しているウイルスの取得に取り組んだ研究である。細胞外に放出されたウイルスの回収解析技術は既に構築されているものの、細胞内ウイルスのRNAに関するこれまでの解析では、得られた配列はバイアスがかかった不完全な情報であり、宿主細胞内におけるウイルスの実像はBlack Boxのままであった。問題は、宿主細胞由来のmRNAおよびrRNAが大量に存在する中で、標的とする極微量のウイルスRNAを高純度および高回収率で取得できるかであった。
著者等はこれらの問題解決に向けて、物理的に断片化したdsRNAに対して短鎖二重鎖RNA完全長クローニング法を応用することで、これまでにない高純度・高回収率で長鎖二重鎖RNAを得る新規な方法を編み出した。本方法はFLDS(fragmented and loop primer ligated dsRNA sequencing)と名付けられ、その有効性が検証された。
まずモデル実験として、Magnaporthe oryzae chrysovirus 1 strain A(MoCV1-A)を用いてFLDS法を検証した結果、総リード数の99.1%がMoCV1-Aゲノム由来、得られた配列の99.9%が同定可能、terminal regionを含む完全ゲノム配列が回収され、FLDS法の有効性が示された。培養して得られた珪藻コロニーを用いた結果、31の全長ウイルス遺伝子の内、22の推定されたウイルスゲノムを同定し、最終的に19種のウイルスに分類できた(その内17がdsRNA由来、2つがssRNA由来であった)。さらに別の7つは未知のウイルスであった。従来のTotal-RNA seq.法では、宿主細胞由来のrRNAの混入が著しく、また総リード数の0.3%のみがFLDS法で得られた優占ウイルスと一致したに留まり、カバーしているread数の均一性やterminal sequenceの回収効率の高さなどから、FLDS法の著しい有効性が確認された。更には環境中のウイルスと病原性動物ウイルス間で予想外の進化的関係が推測された。今後、様々な生物の細胞内RNAウイルスに関する知見を集積することよって、RNAウイルスの進化、分布、生態系に及ぼす影響等への理解が益々深まることが期待される。

論文選考委員会では、Microbes and Environments誌31巻に掲載された全Regular PapersおよびShort Communications(59編)について、論文の独自性、新規性、普遍性・発展性、そしてM&E誌の特徴を担っているかについて精査し、本論文が微生物生態系のより深い理解にとって極めてインパクトの高い業績を有し2016 M&E論文賞に相応しいと評価した。

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論文賞受賞者自己紹介
浦山俊一 
国立研究開発法人 海洋研究開発機構 海洋生命理工学研究センター
生命機能研究グループ ポストドクトラル研究員

東京農工大学農学部で学部からポスドク期を過ごした後、2014年に現職である海洋研究開発機構のポストドクトラル研究員に着任しました。研究テーマとしては、植物や真菌、海洋(微)生物を対象にRNAウイルスのハンティングとその機能解明を行っております。東京農工大学で何を言われても「天才ですから」と“暖簾に腕押し”、“天上天下唯我独尊”状態の若造だった私に激しく!熱い!指導を頂いた先生の影響を強く受けており(博士論文発表の前夜、初めて怒られ続けた理由がわかった気がして帰りのバスで自身のふがいなさに涙がこぼした記憶があります)、その先生と初めて扱った「宿主生物に対して明確な表現型の変化を引き起こしていないように見えるRNAウイルス」に興味を持っています。この今はまだマイナーなウイルス達の重要性を明らかにすることで、「無名の湘北高校が強豪校を破る」的なウイルス版サクセスストーリーを仕上げたいと願っています。「ノーマークだったが……スキも多いが ツボに はまった時はおそろしく強い…!!」と言ってこのストーリーを応援してくれるファン(またはパトロン)に出会う日を夢見て、今日も上司の可愛がりにめげず研究に邁進しております。

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今回の論文賞選考において下記論文が論文賞候補に挙りました。これらの論文はいずれも魅力的で高く評価されたことから「2016 Microbes and Environments論文賞選考委員会推薦優秀論文」としてご紹介致します。これらの論文に対する審査委員からのコメントもご紹介いたします。

(1) 二又審査委員
Direct Detection of Fe(II) in Extracellular Polymeric Substances (EPS) at the Mineral-Microbe Interface in Bacterial Pyrite Leaching.
Satoshi Mitsunobu, Ming Zhu, Yasuo Takeichi, Takuji Ohigashi, Hiroki Suga, and Muneaki Jinno, Hiroko Makita, Masahiro Sakata, Kanta Ono, Kazuhiko Mase, Yoshio Takahashi. 31 (1): 63-69.

生命にとって金属元素は必須である。微生物生態系を理解する上で、微生物がミネラルとどのような関係(反応)にあるのかは、その重要性は以前から指摘されているものの、詳細な機構に関しては依然として不明である。
本論文は、最新の物質科学的手法を微生物生態解析に応用し、微生物とミネラル間の微小空間における、特に生物にとって重要な、鉄の動態について解析した研究である。
対象微生物はAcidthiobacillus ferroxidans、対象鉱物は鉄硫黄系鉱物であるpyriteに着目。微生物の付着によるpyriteの溶解過程(contact leaching process)のメカニズム解明に挑んでいる。NEXAFS解析によって、微生物細胞とpyrite間にEPSが存在していること、また、その中にFe(III)に加えて大量のFe(II)が含まれていることを見出した。この結果は、Fe(III)が微生物細胞とpyrite間の境界面において効果的な酸化剤として機能した証拠と指摘している。これは、これまで単なる静電気的な付着に必要と考えられていたFe(III)が、pyrite溶解にとって重要な役割を担っていることを示唆している。
最初のpyrite溶解機構とは何か、EPSの機能、対象微生物の細胞外電子伝達機構、微生物のミネラル認識はどうなっている、等々の疑問が湧いてくる。今後、この様な異分野が融合した研究が益々進展し、面白い世界が広がることを期待します。

(2) 豊田審査委員
Physiological and Genotypic Characteristics of Nitrous Oxide (N2O)-Emitting Pseudomonas Species Isolated from Dent Corn Andisol Farmland in Hokkaido, Japan.
Yanxia Nie, Li Li, Reika Isoda, Mengcen Wang, Ryusuke Hatano, and Yasuyuki Hashidoko. 31 (2): 93-103.

培養法から非培養法にかけて幅広い手法を駆使し土壌微生物の実態を解明しようとする、著者らの大いなる意欲が感じ取れる論文である。背景は大きく二つ。一つは、著者らがゲランガムを固化剤とした軟寒天培地を用いて亜酸化窒素生成菌の分離技術を確立していたこと。もう一つは、これまでにも亜酸化窒素生成菌としてPaenibacillus属およびLeptothrix属細菌が分離されていたが、これらの菌株では実際の土壌から発生する大量の亜酸化窒素生成能が説明できなかったことである。そこで、本論文は春先の凍結融解時に大量に発生する亜酸化窒素生成菌を突き止めようと試みた。その結果、亜酸化窒素生成能の高いPseudomonas関連細菌の分離に見事成功したのである。亜酸化窒素生成能は低pH条件下で高くなり、それは亜酸化窒素から窒素への還元過程が抑制されるためであること、その過程を担う亜酸化窒素還元酵素を有するかどうかは土壌タイプに影響されることがこれまでに知られていた。本論文では、亜酸化窒素還元酵素を有するPseudomonas属細菌と、同酵素が欠損したPseudomonas属細菌は、系統的に異なることが初めて明らかにされた。なぜ、亜酸化窒素還元酵素を欠損したPseudomonas属細菌が、土壌中で優占するようになるのかは今後の研究を待たねばならないが、根からの滲出物を模擬したスクロース添加で亜酸化窒素生成能が顕著に増加すること、pH中性条件下で亜酸化窒素生成能が高くなるなど、土壌中での実態と分離菌の性質とがきわめて一致し、土壌中で実際に活躍していた亜酸化窒素を突き止めた、と結論できる。古典的な培養法、アセチレン阻害法、脱窒関連酵素の遺伝子解析など様々な手法が学べるため、土壌中での窒素代謝に興味をもつ若い方々にぜひ読んでもらいたい論文である。

(3) 野村審査委員
Development of Culture Medium for the Isolation of Flavobacterium and Chryseobacterium from Rhizosphere Soil.
Tomoki Nishioka, Mohsen Mohamed Elsharkawy, Haruhisa Suga, Koji Kageyama, Mitsuro Hyakumachi, and Masafumi Shimizu. 31 (2): 104-110.

“雑多な(複合)微生物群集から、目的の細菌のみを簡単に培地上で分離したい。”、これは多くの微生物研究者の願いである。本論文は、植物根圏土壌から、ストレス(酸化・塩等)適応に着目して、それを成し遂げたものである。
根圏土壌からBacteroidetesであるFlavobacterium, Chryseobacteriumを効率的に分離するための培地等の条件検討を行った論文である。根圏土壌には様々な微生物が存在しているが、上記2細菌の生理的特性(ストレス耐性等)を抽出しながら、さらにその特性をうまく練り込んだ培地を作製することで目的の2細菌の効率的な分離に成功している。その中で、寒天とリン酸を別々にオートクレーブすることで酸化ストレスを軽減させることも産総研グループの論文を引用しながら取り入れており、結果2細菌の分離効率を上げていることも付記しておく。
推薦者の“へ〜”:
1) 根圏には、様々な環境ストレス感受性細菌が混在していることが改めて確認出来た。
2) 植物に親和性のある細菌群(今回の2細菌など)とない土壌細菌が混在し、それらがストレスを指標にしてうまく分離出来るんだ。
3) Bacteroidetesのストレス感受性が他の土壌細菌らと異なる事から、宿主(動物・植物)から離れたBacteroidetesの土壌中(環境中)での並び(空間的三次元情報)には他の土壌細菌らとの規則性はあるのだろうかなど妄想がふくらんだ。

(4) 中野審査委員
Cultural, Transcriptomic, and Proteomic Analyses of Water-Stressed Cells of Actinobacterial Strains Isolated from Compost: Ecological Implications in the Fed-Batch Composting Process.
Takashi Narihiro, Yuji Kanosue, and Akira Hiraishi. 31 (2): 127-136.

反復回分コンポスト生成系では馴養に伴って水分活性が低下するとともにアクチノバクテリアが優占し、さらに生菌数(CFU)は酸化還元指示薬CTCの染色数よりも高くなる。この現象の理解のために、本系より分離したアクチノバクテリアについて、培養性とCTC 染色性に及ぼす水分活性の影響を調べた。その結果、異なる水分活性条件で培養性に変化はなかったが、CTC染色性は低水分活性によって低下した。また、低水分活性によって細胞代謝に関わる遺伝子の発現が全般的に抑制された。これらの知見から、馴養コンポスト系の優占群集は、代謝活性抑制のためにCTC染色性が悪くなるが、高水分活性条件に曝すことで活性を取り戻すと推察された。
本研究は、CTC染色数>CFU数という常識的相対関係が逆転する現象をコンポスト生成系において見いだし、それを細胞・分子レベルで解析した挑戦的な研究である。水分活性の変化に伴って代謝活性や培養性が可逆的に変化することを示したことは、一般の有機物分解過程の微生物群集にもつながる重要な成果である。以上の通り、本研究の成果はこれまでの微生物生態学の知見の深化に大きく貢献していることから、優秀論文として認めた。

(5) 濱村審査委員
Regional Variation of CH4 and N2 Production Processes in the Deep Aquifers of an Accretionary Prism.
Makoto Matsushita, Shugo Ishikawa, Kazushige Nagai, Yuichiro Hirata, Kunio Ozawa, Satoshi Mitsunobu, and Hiroyuki Kimura. 31 (3): 329-338.

日本の太平洋側地域には付加体と呼ばれる、海洋プレートが陸側プレートの下に沈み込む際に海洋プレート上の海底堆積物がはがれて陸側プレートに付加して形成された堆積層が分布している。本論文では特に静岡の太平洋沿岸部から山間部に分布する付加体の地下温水に関して、地形的そして地質学的な知見と嫌気性微生物群集の機能解析を組み合わせることでメタン発生の起源をつきとめており、Bio+geoの分野融合的研究の利点を存分に生かしたスケールの大きな研究となっている。世界中にも付加体は広く分布し、生成されるメタンはエネルギー資源としても利用が期待されており、本論文はこれまで未解明な部分の多かったメタン生成の機構に関して新たな知見を提供している点でも高く評価できる。
また、木を見て森を見ず、微生物生態学ではミクロレベルでの微生物—環境相互作用に着目しがちであるが、本研究のように地形や降雨の影響など、マクロスケールでの物質循環も念頭においてプロセスや生態を解釈することの重要さを改めて感じる。 地球環境における微生物群集の営みを明らかにしていく上で、地球化学や地質学、また最先端の環境分析技術も取り入れた研究が今後さらに進んでいくことは必須であろう。著者らへはM&EにおけるBiogeoscience関連分野のレベルアップへの貢献を感謝するとともに、本研究のさらなる展開(そして次回作もM&Eでの発表)に是非期待したい。