2018年度 M&E論文賞選考結果のお知らせ

2018年「M&E論文賞」は下記メンバーから成る選考委員会による厳正な選考の結果ならびに編集委員長の最終判断によって以下のように決定しました。

論文賞選考委員会:緒方博之(委員長)、南澤 究、齋藤明広、石井 聡、植木尚子、布浦拓郎、鈴木志野 [敬称略]

選考対象論文:2018年にMicrobes and Environmentsに掲載された総説等を除く59報のオリジナル論文

 

論文賞受賞論文ならびに著者

Nitric Oxide Production from Nitrite Reduction and Hydroxylamine Oxidation by Copper-containing Dissimilatory Nitrite Reductase (NirK) from the Aerobic Ammonia-oxidizing Archaeon, Nitrososphaera viennensis

Shun Kobayashi, Daisuke Hira, Keitaro Yoshida, Masanori Toyofuku, Yosuke Shida, Wataru Ogasawara, Takashi Yamaguchi, Nobuo Araki, Mamoru Oshiki

Microbes and Environments 33(4), 428-434 (2018)

論文賞授与理由

地球上の窒素循環のキープレイヤーであるアンモニア酸化アーキア(AOA)における、アンモニア酸化のメカニズム解明に大きく貢献する論文である。近年その存在が明らかにされたAOAであるが、そのゲノムには、アンモニア酸化細菌(AOB)に存在するヒドロキシルアミンデヒドロゲナーゼ(Hao)が見つかっていない。したがって、AOAのアンモニア酸化経路及びアンモニア酸化に伴い発生する温室効果ガスN2O生産の仕組み解明は、様々な観点から非常に重要な研究課題として認識されている。著者らはAOAの銅含有亜硝酸還元酵素(NirK)が、亜硝酸の還元だけではなく、ヒドロキシルアミンの酸化も担っている可能性を、異種発現・精製したNirKおよび15Nの安定同位体試験を用いることで、世界で初めて示した。さらには、NirKによる亜硝酸還元およびヒドロキシルアミン酸化の産物が主に一酸化窒素(NO)であることを明らかにすることで、アンモニア酸化に伴い放出されるN2O発生の仕組み解明に向けて極めて重要な知見をもたらした。

本論文はShort Communicationであり、論文としての完成度は決して高いとはいえないが、斬新な着眼点、発見の新規性、今後の研究に与えるインパクトは群を抜いており、一言でいえば「エキサイティング!」な論文である。敢えて指摘すると、大腸菌での発現酵素に依存しており、筆者自らが述べている通り、ネイティブな酵素を用いた試験や構造生学的検証など、今後の研究展開による検証・証明が不可欠である。しかし、その不完全さを考慮してなお、このインパクト、今後の多様な研究分野 (微生物生態学・酵素化学・地球化学・環境変動予測等々) に及ぶであろう波及効果は絶大である。

論文賞選考委員会では、Microbes and Environments誌に掲載された全Regular PaperおよびShort Communications(59報)について、論文の独創性、新規性、完成度、普遍性・発展性、および波及効果について精査した結果、本論文が微生物生態系のより深い理解にとって極めてインパクトの高い業績を有しており、2018 M&E論文賞に相応しいと評価した。


今回の論文賞選考において下記論文が論文賞候補に挙りました。これらの論文はいずれも魅力的で高く評価されたことから「2018 Microbes and Environments論文賞選考委員会推薦優秀論文」としてご紹介致します。これらの論文に対する審査委員からのコメントもご紹介いたします。

(1) 南澤選考委員

Effects of Different Sources of Nitrogen on Endophytic Colonization of Rice Plants by Azospirillum sp. B510

Kamrun Naher, Hiroki Miwa, Shin Okazaki, Michiko Yasuda, Microbes and Environments 33(3), 301-308 (2018)

本論文では、植物生育促進菌であるAzospirillum sp. B510株の単独接種イネ根への内生定着が、高濃度アンモニアイオンを窒素源の場合のみ阻害されるという現象に著者が興味をもち、その原因を接種実験系で解析した論文である。まずは、アンモニアイオン、硝酸イオンでB501株の内生定着が異なるという最初の現象が面白い。アンモニアイオンはB510菌自体の生育には影響がないため、著者らはイネとの相互作用が原因と考えその宿主要因を解明した。その結果、アンモニアイオン吸収によりイネ根圏に放出されるプロトンで誘導される低pHにより、宿主防御応答(過酸化水素生成)が誘導されることを明らかにした。また、上記の低pH説とは別に、B510株接種によりイネ根からリンゴ酸分泌が増加しB510株の走化性が変化するという実験結果も荒削りであるが、微生物→植物→微生物とフィードバックを示す大変興味深いデータである。

本論文の優れている点は、(1) 窒素源の化学種により、細菌の根組織への定着が変化すること発見したこと、(2)丹念な積み上げ型研究によりその原因を微生物植物相互作用の表現型で解明したことである。本研究は、ポットにおける単独接種実験系の結果ではあるが、今後の植物共生細菌叢に対する環境・宿主因子の研究に展開可能な貴重な成果であると思われる。

(2) 齋藤選考委員

Uptake and Intraradical Immobilization of Cadmium by Arbuscular Mycorrhizal Fungi as Revealed by a Stable Isotope Tracer and Synchrotron Radiation μX-Ray Fluorescence Analysis

Baodong Chen, Keiichiro Nayuki, Yukari Kuga, Xin Zhang, Songlin Wu, Ryo Ohtomo, Microbes and Environments 33(3), 257-263 (2018)

多くの植物はカドミウム(Cd)を根に蓄積する。本論文では,メッシュサイズが異なるナイロンシートで菌根菌糸を植物根と仕切ってCd106処理することで,菌根菌Rhizophagus irregularisの外生菌糸から吸収されたCd106が宿主植物であるLotus japonicus(ミヤコグサ)の根に蓄積することを示している。次いで,放射光マイクロX線蛍光(SR-XRF)分析によって,植物根内に存在する菌根菌の内生菌糸と樹枝状体の部分にCdが蓄積していることを明示している。物事を直接的に示すことは美しいしインパクトがある。SR-XRF分析で得られた美しい蛍光イメージ図は印象的で,思わず大学の講義で紹介してしまった。ICP-MSやSPring-8施設での分析を行った点や,国内外の複数の研究室が共同で取り組んだ点も見習いたい。

(3) 石井選考委員

Presence of a Haloarchaeal Halorhodopsin-Like Cl− Pump in Marine Bacteria

Yu Nakajima, Takashi Tsukamoto, Yohei Kumagai, Yoshitoshi Ogura, Tetsuya Hayashi, Jaeho Song, Takashi Kikukawa, Makoto Demura, Kazuhiro Kogure, Yuki Sudo, Susumu Yoshizawa, Microbes and Environments 33(1), 89-97 (2018)

光駆動イオンポンプであるロドプシン遺伝子の機能と多様性の理解に大きく貢献する論文である。著者らは、Bacteroidetes門に属する海洋細菌のゲノムを解読し、その過程で見出されたロドプシン類似遺伝子の機能を明らかにするために、その遺伝子を大腸菌で発現させ、Light-driven inward Cl- pumping rhodopsinであると決定した。このロドプシン(RmHR)は、他の海洋細菌でこれまで見つかっていたCl- pumping rhodopsinと系統的に異なり、好塩性アーキアのHalorhodopsinと近縁であったことから、好塩性アーキアから水平伝搬で獲得されたものと推察された。RmHRの発見に新規性があり、それを裏付ける種々のデータが丁寧に取られている。シーケンシング技術の発達により、遺伝子の有無や転写活性から微生物機能の議論をする論文を多く目にするようになったが、本論文はそれにとどまらず、生化学に基づく丁寧で詳細な解析を行っており、論文としての完成度は高い。一言でいえば「美しい!」論文である。

(4) 植木選考委員

Host-Symbiont Cospeciation of Termite-Gut Cellulolytic Protists of the Genera Teranympha and Eucomonympha and their Treponema Endosymbionts

Satoko Noda, Daichi Shimizu, Masahiro Yuki, Osamu Kitade, Moriya Ohkuma, Microbes and Environments 33(1), 26-33 (2018)

本研究で、Nodaらは、シロアリの後腸に共生するセルロースを生分解する原生生物(繊毛虫)Eucomonympha および Teranymphidaeと、それらに内部共生するTreponema属細菌という『入れ子式三者共生関係』に着目し、それらの系統解析を行なった。シロアリ- Teranymphidae – Treponema属細菌の場合には、三者の共進化が観察され、三者が共存して種分化してきた可能性が高い一方で、シロアリ- Eucomonympha – Treponema属の場合には、はっきりとした共進化は観察されなかった。その理由として、腸内に複数種のEucomonymphaが存在することから、内在細菌が頻繁に宿主原生生物を変えてきた可能性があげられる。論文を読んでいて、生存を圧倒的に有利にすると考えられるセルロース消化に必須な原生生物と、その内在共生細菌の三者共存での進化の過程が紐解かれていくことに強く惹きつけられた。今後、腸内における共生原生生物の生存に、内在共生細菌が果たす役割および恐らくはシロアリの生存に果たす役割までをも含めた三者共生関係が紐解かれてゆくことを期待させる、非常に興味深く独創的な研究と思い、優秀論文として推薦する。

(5) 布浦選考委員

Nitrogen Fixation in Thermophilic Chemosynthetic Microbial Communities Depending on Hydrogen, Sulfate, and Carbon Dioxide

Arisa Nishihara, Shin Haruta, Shawn E. McGlynn, Vera Thiel, Katsumi Matsuura, Microbes and Environments 33(1), 10-18

Nitrogenase Activity in Thermophilic Chemolithoautotrophic Bacteria in the Phylum Aquificae Isolated under Nitrogen-Fixing Conditions from Nakabusa Hot Springs

Arisa Nishihara, Katsumi Matsuura, Marcus Tank, Shawn E. McGlynn, Vera Thiel, Shin Haruta, Microbes and Environments 33(4), 394-401 (2018)

Phylogenetic Diversity of Nitrogenase Reductase Genes and Possible Nitrogen-Fixing Bacteria in Thermophilic Chemosynthetic Microbial Communities in Nakabusa Hot Springs

Arisa Nishihara, Vera Thiel, Katsumi Matsuura, Shawn E. McGlynn, Shin Haruta, Microbes and Environments 33(4), 357-365 (2018)

3報合わせて、温泉バイオマットの窒素固定活性測定、窒素固定遺伝子多様性解析、窒素固定水素酸化細菌の単離、と活性測定、培養、分子生態解析という微生物生態学の王道を歩いた作品である。この優れた作品の掲載先としてM&Eを選んでいただいた著者へ感謝します。所々突っ込みどころは残るものの、これまで深く探求されてこなかった高温環境での窒素固定に着目し、見事に完結させたオリジナリティーの高い研究である。特に、始原的な水素/硫黄酸化好熱菌系統群であるAquificaeにおける初めての窒素固定能の証明は、温泉・熱水生態系の理解に留まらず、生命誕生直後の窒素循環に関する考察等へも大きな影響を及ぼすこと期待大である。

(6) 鈴木選考委員

Taxon Richness of “Megaviridae” Exceeds those of Bacteria and Archaea in the Ocean

Tomoko Mihara, Hitoshi Koyano, Pascal Hingamp, Nigel Grimsley, Susumu Goto, Hiroyuki Ogata, Microbes and Environments 33(2), 162-171 (2018)

巨大ウイルスは、真正細菌、古細菌に匹敵する細胞サイズ、ゲノムサイズを有し、そのゲノムがアミノアシルtRNA合成酵素をコードするなど、これまでの我々のウイルスの理解を覆す存在となっており、特にその進化学的位置づけに注目が集まっている。筆者らは、海洋メタゲノムの網羅的解析から、巨大ウイルスである“Megaviridae”が1)海洋環境において、真正細菌や古細菌より高い系統的多様性を示すこと、2)この高い多様性は、ゲノムの進化速度が速いからではなく、進化時間が長いことに起因すること、などの新たな知見を示した。

地球表層の7割を占める海洋環境で見られる“Megaviridae”の多様性の高さは、ただただ驚くべきものである。そしてこの “Megaviridae”の高い多様性は、初期的な真核生物と並行して進化・多様化してきたためだとする根拠を、複数の解析データを組み合わせることで論理的に提示した点も優れている。今後、筆者らにより「“Megaviridae”の多様性の高さの意味」がより詳細に紐解かれることで、ウイルス-生命進化史の理解が拡大することを期待したい。

(7) 緒方選考委員長

Molecular Characterization of the Bacterial Community in Biofilms for Degradation of Poly(3-Hydroxybutyrate-co-3-Hydroxyhexanoate) Films in Seawater

Tomohiro Morohoshi, Kento Ogata, Tetsuo Okura, Shunsuke Sato, Microbes and Environments 33(1), 19-25 (2018)

毎年数百万トンのプラスチックごみが海に流出し、マイクロプラスチックとなった破片が食物連鎖を介して海洋生態系に及ぼす影響が危惧されている。こうした中、生分解性プラスチックは、プラスチックによる海洋汚染問題を解決する物質として期待されているが、海水中での分解過程については理解が進んでいない。

筆者らは、柔軟で融点が低くその実用性が期待されているPHBHと呼ばれる生分解性プラスチックついて、バイオフィルム形成による分解過程を研究した。PHBHを海水に浸したのち、その表面に形成されたバイオフィルムの構成細菌叢を調べると同時に、PHBHの分解能を示す細菌3株の単離に成功し、その結果、Alteromonadaceae科に属する細菌が海水中でのPHBH分解で主要な役割を果たしている可能性を提示した。さらに、PHBHの分解過程でバイオフィルムの構成種が変化する様相を突き止め、分解段階によって異なる細菌群が役割分担をしている可能性が示唆された。

海洋プラスチック汚染問題に対して、生分解性プラスチックの分解菌株の海洋からの単離という重要な成果をあげており、筆者らの今後の研究の発展も大いに期待できる。