2022 Microbes and Environments 論文賞選考結果のお知らせ

2022 年 M&E 論文賞受賞論文
Phenolic Acids Induce Nod Factor Production in Lotus japonicusMesorhizobium Symbiosis
Masayuki Shimamura, Takashi Kumaki, Shun Hashimoto, Kazuhiko Saeki, Shin-ichi Ayabe, Atsushi Higashitani, Tomoyoshi Akashi, Shusei Sato, Toshio Aoki
Microbes and Environments 37(1), ME21094 (2022)

【論文賞授与理由】
 あらゆる共生は,互いを共生相手として認識する化学物質の相互交換によって始まる。マメ科植物と根粒菌の根粒の形成では,植物が根から分泌するフラボノイドを根粒菌が認識し,根粒菌が Nod Factor(NF)と 呼ばれるリポキトオリゴ糖(LCO)を生成すると,これを植物が認識し根毛を変形させて一連の根粒形成に つながっていく,というのがこれまでの常識であった。本論文は,マメ科植物のモデル生物として重用され るミヤコグサ(Lotus japonicus)と根粒菌であるMesorhizobium japonicumの根粒形成において,フラボノイ ドに代わり新たに複数のフェノール酸が LCO 生産を促進する常識を覆す発見が高く評価された。本論文では, UPLC-TQMS を用いた LCO の鋭敏な分析方法を独自に確立し,フラボノイドを含む 40 種類のフェノール化 合物とアルドン酸物質の中から,β-クマリン酸,コーヒー酸,フェルラ酸など,5 つのフェノール酸が M. japonicum におけ LCO 生産を誘導することを見出した。さらに M. japonicum を接種したミヤコグサの根粒数 がこれらのフェノール酸の添加によって増加すること,ミヤコグサの根浸出液中にβ-クマリン酸が他のマ メ科植物よりも高濃度で含まれること等の一連の実験結果によって,ミヤコグサが分泌するフェノール酸が M. japonicumによる根粒形成のトリガーである仮説を証明している。本論文は化学分析や生理学的試験によ る仮説の証明にとどまらず,フェノール酸が LCO 生産を担う NF 生合成に関わる酵素遺伝子である nodA お よび nodB の転写を促進すること,またフェノール酸の受容体が NodD1 であることを特定するとともに,こ の遺伝子の転写がミヤコグサの根圏で誘導されることを示す等,分子生物学実験からも仮説を裏付けており, 主題の仮説証明に至るストーリーの完成度が非常に高い。そればかりか,M. japonicumの基準株の他にも自 ら新たにM. japonicumを3株分離し,見出したフェノール酸によるLCO生産の促進がすべての株で生じる こと,また株によって LCO 生産量が異なること,またフェノール酸の種類に応じて LCO 生産を促進する濃 度が異なる等,マメ科植物-根粒菌間のシグナル伝達が多種多様な物質を介し,且つ異なる感度で行われて いるであろうことを示しており,植物-微生物間コミュニケーションの深淵を感じさせる。論文では,他の マメ科の植物や広く非宿主植物の根圏においてもフェノール酸が検出されること,フェノール酸が広く非宿 主植物を含む広範囲の植物の根と微生物間で付着の契機となるシグナル物質として機能する可能性について も議論されており,今後さらに植物-微生物間相互作用の普遍的な発見へと発展することが期待される。代 謝物の同定を軸に機構解明に挑むアプローチ,さらに,圧倒的な実験量によって統合的にストーリーを完成 させるプロセスは,研究テーマを超えて微生物生態学研究に広く勉強になる論文である。

2022 年 M&E 佳作論文
Phage Genes Induce Quorum Sensing Signal Release through Membrane Vesicle Formation
Marina Yasuda, Tatsuya Yamamoto, Toshiki Nagakubo, Kana Morinaga, Nozomu Obana, Nobuhiko Nomura, Masanori Toyofuku
Microbes and Environments 37(1), ME21067 (2022)

【選出理由】
 本論文では,Paracossus denitrificans Pd1222株において,ファージ遺伝子が関与して膜小胞(MV)形成が誘導され,MV を介してクオラムセンシングが行われていることを優れた観察技術と重厚な分子生物学的なデータ,逆遺伝学アプローチにより体系的に明らかにしている。「ファージによる MV 形成」および「MV を介したシグナル分子の伝達」は,既に著者らのグループが明らかにしており,独創的かつ新規性という点 において物足らなさを感じるかもしれないが,これらを繋いで事象の空白を埋めることで点と点を結び線と し,一連の現象として明らかにしたことに意義がある。本現象にファージが関与することの生理的意義につ いては今後の課題であるかもしれないが,それを差し置いても本論文は非常に完成度の高い仕上がりとなっ ており,研究背景からの課題の抽出,その課題に答えるための適切な実験手法の選択,そこから得られる重 厚な結果と客観的かつスマートな考察から構成されている。ずば抜けた新規性をもってその領域を突き抜け る研究が評価されることは間違いないが,重厚なデータに基づきその地盤を固める研究も必要であり,本論 文はその意味でも価値の高い論文である。

A Minority Population of Non-dye-decolorizing Bacillus subtilis enhances the Azo Dye-decolorizing Activity of Enterococcus faecalis
Yu Yamanashi, Tsukasa Ito
Microbes and Environments 37(2), ME21080 (2022)

【選出理由】
環境中における微生物間相互作用は,多様な微生物の増殖促進や抑制,そして機能の発現にも関わってい
る。それは廃水処理プロセス内でも同様であると考えられるが,既に明らかになっている事象は氷山の一角 であり,相互作用に基づく有用な機能発現の多くは不明なまま残されていると推察される。本論文は,アゾ 色素脱色菌である Enterococcus の脱色活性を低比率で共存する分解活性を持たない Bacillus が促進すること を示し,さらに上記 2 種の微生物間相互作用を焦点に,染料の分解効率に及ぼす影響およびそのメカニズム の解明を行ったものである。具体的には,培養環境の物理化学的な条件の測定や細胞内外の ATP 定量,培 養上澄のアミノ酸分析など多岐にわたる実験系を組み合わせて共生関係による脱色促進効果のメカニズムの 解明に至っている。共培養による促進効果は,特定の難分解物質の分解経路を相補するような共生微生物で は特定しやすいが,特徴がなさそうな雑多に思われる微生物については仮説をたてにくく共在菌の役割を特 定する研究は少なく現象論に終わることが多い中,本研究において機構を特定するまでに至っている点は特 に高く評価できる。不思議な現象を目の前にしたとき,研究者は心の中に生じる単純で純粋な好奇心と興味 に突き動かされてその現象をなんとか解明しようとする。そして試行錯誤し,失敗を繰り返しながら突き詰 めることで当初感じた謎を解明できたときに無限の喜びを感じる。それが本来の研究の動機であり,そして 喜びではないのか?そんな初心に帰らせてくれるような論文である。

Environmental Factors Affecting the Community of Methane-oxidizing Bacteria
Hiromi Kambara, Takahiro Shinno, Norihisa Matsuura, Shuji Matsushita, Yoshiteru Aoi, Tomonori Kindaichi, Noriatsu Ozaki, Akiyoshi Ohashi
Microbes and Environments 37(1), ME21074 (2022)

【選出理由】
 本論文は,難培養メタン酸化細菌について独自の連続培養系を用いて,異なる条件下で細菌の増殖に及ぼ
す環境要因を網羅的に探索したものである。物理化学的解析に加え,FISH 蛍光顕微鏡観察やアンプリコン シーケンスによる菌叢解析など多岐にわたる手法を駆使している。その結果,既知のメタン酸化菌に加えて, Mycobacterium 属を含む潜在的メタン酸化能を示唆する新たな細菌分類群の集積に成功している。候補細菌 群のメタン酸化に関するエビデンスが提示されていなかったが,細菌群集に関する多様な定量データが提 供されていることを高く評価する。また,本論文公表後に,海外研究者により Mycobacterium 属におけるメ タン酸化に関する初報が Nature Microbiology 誌に発表されており,先駆けて重要な知見を得ていたと窺える。 シーケンス技術の革新的な進歩によって,私たちは非培養法で微生物の多様性を理解することが可能になったと錯覚しがちである。例えば,高深度のマイクロバイオーム解析でも検出されないRare biosphereの多様 性を理解するためにはやはり集積培養は強力な武器である。本論文は,培養系によるメタン酸化菌の多様性 理解の先駆けとして,応用面にとどまらず,メタンの地球科学的循環の理解に向けた基盤の一つとなる重要 な論文である。

【2022 年 M&E 論文賞選考委員会】青井議輝,青柳 智,應 蓓文,永田裕二,大友 量,吉田天士,吉田 奈央子(委員長),若井 暁

 この他,選考の過程において,以下の論文についても高く評価されましたことを報告します。

Dynamics of the Microbial Community and Opportunistic Pathogens after Water Stagnation in the Premise Plumbing of a Building
Iftita Rahmatika, Futoshi Kurisu, Hiroaki Furumai, Ikuro Kasuga
Microbes and Environments 37(1), ME21065 (2022)
 都市水道における微生物群集の生態を詳しく調査した研究である。定量的な解析により,水道管の滞留に 伴う残留塩素の消失と微生物増殖,水流による塩素濃度の回復と微生物減少の季節変動の相関関係を明らか にしている。日常的に利用されている水道水の滞留が引き起こす微生物増殖のリスクを示唆しており,安全 に水道水を利用するための水道管の洗浄等の適切な指針に繋がる重要な論文である。(應委員・青柳委員)

Novel Cross-domain Symbiosis between Candidatus Patescibacteria and Hydrogenotrophic Methanogenic Archaea Methanospirillum Discovered in a Methanogenic Ecosystem
Kyohei Kuroda, Kengo Kubota, Shuka Kagemasa, Ryosuke Nakai, Yuga Hirakata, Kyosuke Yamamoto, Masaru K. Nobu, Takashi Narihiro
Microbes and Environments 37(4), ME 22063 (2022)
 細菌とアーキアの間の新規なクロスドメイン共生系の培養が可能となったことで,まだ謎の多い Ca.
Patescibacteria の生理の解明に挑戦した研究である。集積培養,FISH,TEM,ゲノム解析を組み合わせるこ とでCa. Patescibacteriaが嫌気性廃水処理システムにおいて水素資化性メタン生成菌と共生している可能性 を示しており,今後当該細菌の生理生態の解明につながることが期待され,勢いを感じる論文である。(吉 田天委員・青柳委員)

The Significance of Mycoparasitism by Streptomyces sp. MBCN152-1 for Its Biocontrol Activity against Alternaria brassicicola
Masafumi Shimizu, Hushna Ara Naznin, Ayaka Hieno
Microbes and Environments 37(3), ME22048 (2022)
 本論文は,植物病原糸状菌に対して阻害効果を持つ細菌を自ら分離し,その効果の検証と病原菌に対する 阻害機構が病原菌への寄生であることを顕微鏡画像から示した論文である。対象細菌が病原糸状菌に寄生す ることで致死的なダメージを与えている結果を,電子顕微鏡,蛍光顕微鏡の美しくクリアな画像データで示 している。キャベツを用いた病気の発現抑制の検証試験が行われており応用展開も期待できる。(青井委員・ 吉田奈委員)