2019年日本微生物生態学会奨励賞 鈴木 志野氏
受賞内容:超極限環境微生物生態学で明らかにする微生物の適応進化と多様性の創生
受賞理由
鈴木氏は、蛇紋岩熱水系の微生物生態系の解明を、分離培養・系統的多様性解析・メタゲノミクス・地質化学的解析などを組み合わせて試みている。同氏による多くの先駆的な発見は、Nature Communications、米国科学アカデミー紀要(PNAS)、The ISME Journal 誌などに筆頭著者論文として発表しており、マスメディアにも取り上げられてきた。顕著な研究業績としては、(1) 超塩基性の蛇紋岩熱水系The Cedars の微生物系統多様性の解明、(2) The Cedars より分離培養に成功した陸上蛇紋岩熱水系に普遍的な好塩基性細菌Serpentinomonas(Betaproteobacteria 綱)の生理・生態の解明、(3) 蛇紋岩熱水系深部での優占種群”Parcubacteria”のメタゲノミクスによる代謝系予測、などがあげられる。特に、(3)の業績は、同細菌群のゲノムが0.6 Mb 程度以下と小さく、エネルギー生産機構も不明瞭であるなど、極めて新規性の高い発見を含んでいた点で世界的に注目されている。今後の研究では、新規な代謝系の発見など、生物圏と非生物圏の間に生きる生物群の詳細な生態解明が期待されている。また、アウトリーチ活動にも精力的に取り組み、世界的に活躍する女性研究者として注目されており、学会活動においてもM&E 誌のAssociate Editor を務め、男女共同参画・ダイバーシティの推進などで活躍している。
この度は第5回日本微生物生態学会奨励賞という名誉ある賞に選定して頂き誠にありがとうございます。審査して頂きました先生方ならびに関係者の皆様に心より御礼申し上げます。
また「僕に推薦させてもらえませんか?」と男前に誘って下さった海洋研究開発機構(JAMSTEC)稲垣史生博士、公私ともに支えてくれた家族に心より感謝致します。
本学会に入会した学生当時は、将来研究者として生きることも、名誉な賞を頂く日が来ることも想像していませんでした。流れの中で米国J. Craig Venter Institute(JCVI)に勤務することとなった私でしたが、渡米直後にリーマンショックが起き、予定していた研究費が消失し、一年後に解雇予定となり「どうしよう。」と思いつつ、テニスとポーカー三昧の日々を送っていました。そんな折「北カリフォルニアに地球上で最も還元的で強アルカリの水があちこち湧き出るThe Cedarsという場所がある。」と聞き、「生命はいないだろうけど、もしいたら面白い。時間もあるし、ロードトリップして、ワイナリーを巡って、The Cedarsでキャンプして、サンプリングもするか!」と遊び感覚で出向きました。でも、The Cedarsに着くなりその景色に圧倒され、至るところに湧き出る水の高すぎるpHと低すぎるEhに慄き「もし、生命がいるのならその世界を見たい!」という衝動に駆られ、それからは慣れない米国で何とか研究費を獲得し(おかげで解雇を免れ)、この超極限環境に生きる生命の謎を追い続け、それらが本受賞へと繋がりました。
米国ではクオラムセンシングや固体マンガン還元菌を発見した南カリフォルニア大学Kenneth H. Nealson教授、アナモックスを発見したオランダ・デルフト工科大学J. Gijs Kuenen教授に出会いました。純粋な好奇心と直感のみに従って、大興奮しながら研究に突き進む2人が、私に「こんな人生イイナ。」と思わせてくれました。また、私が7年間所属したJCVIは「Crazyな超個性派集団」、現所属のJAMSTECは「昭和な海の男集団」ですが、どちらも各々の分野で世界をリードする研究所です。純粋かつ真面目に、そして、自由で、創造的で、遊び心、挑戦心、野心に溢れる研究姿勢を貫く両研究所での時間は、とても刺激的で楽しいものでした(です)。
渡米と帰国後の第2子出産により、日本の研究コミュニティーから離れていた私を温かく呼び迎えてくれ、復帰の機会を与えてくれたのはこの微生物生態学会でした。本受賞は私への奨励のみならず、この学会に属する女性研究者、そして、私と同様、育児と研究の両立に苦心するママ&パパ研究者、Two-body problemを抱える研究者夫婦、海外滞在中の研究者、将来、研究とライフイベントの両立の問題に向き合うことになるかもしれない若手研究者の方々への学会からの応援の意が込められていると思います。
“生命”万事塞翁が馬。これからも、地球の劇的な変遷により生み出されることとなった多様な生命の生き様を時空間の広がりの中で紐解きながら、予測できない研究者人生を楽しみたいと思います。そして奨励賞の名に、初の女性受賞者の名に恥じぬよう、高いレベルのサイエンスに挑戦し続けることで、微生物生態学の発展に努めて参ります。今後とも、叱咤激励、何卒よろしくお願い申し上げます。