2019年日本微生物生態学会奨励賞 岩崎 渉氏
受賞内容:大規模情報を用いた微生物生態系の俯瞰的解析
受賞理由
岩崎氏は、バイオインフォマティックスを駆使し、幅広い環境に存在する微生物の膨大なゲノムデータや生物画像データなどを独創的かつ俯瞰的なアプローチで解析し、微生物生態学研究分野に新たな方向性を強く示した。多種多様な環境微生物が持つ複雑な生命システムの進化や生存戦略を詳細に解明している。特に、大規模比較ゲノム解析によりプロテオロドプシンを持たない微生物の生存戦略を明らかにした研究や、環境細菌叢のDNA メチル化修飾を観察する新たな手法「メタエピゲノム解析」の提唱は、実験的観察が困難な環境微生物の生理生態を解明する上で極めて重要な研究成果であり高い評価を得ている。同氏は、若干35 歳ながら本学会の評議員(第16 期、17 期)として、本学会の活動や運営に参画するだけでなく、第28 回、第30 回大会および環境微生物系学会合同大会2017 においては、微生物生態学分野におけるバイオインフォマティクスの活用に関するシンポジウムやハンズオン形式の解析チュートリアルを企画するなどの活動を行ってきた。また、本学会の男女共同参画・ダイバーシティ推進委員会においても、その創立時から参画して継続的に活動を行っている。
受賞者の声
微生物生態学にとってバイオインフォマティクスとは何か?
岩崎 渉
このたび、日本微生物生態学会奨励賞を、研究題目「大規模情報を用いた微生物生態系の俯瞰的解析」にて受賞させていただきました。推薦いただいた先生、選考委員会の先生方をはじめ、共同研究やそのほか様々な形でお世話になった先生方に深く感謝申し上げます。そしてまた、過去と現在の研究室メンバーにも、改めてこの場を借りて感謝したいと思います。
私はもともと、分子生物学を志して大学に入学しました。最初の筆頭著者論文も、Pyrococcus horikoshii のアミノアシルtRNA合成酵素のX線結晶構造解析および生化学的解析に関するものです。P. horikoshii は堀越弘毅先生に献名された、沖縄トラフ伊平屋海嶺から分離された嫌気性超好熱古細菌ですから、その意味で、当初から環境微生物に縁のある研究を行っていたとも言えます。また大学院からは、以前にも本誌に取り上げていただいたことがありますが、いくつかの理由からバイオインフォマティクスへと専門分野を変えました。そこでもやはり、系統的に多様な微生物の代謝パスウェイの進化解析、という環境微生物に縁のある研究で博士号を取得しています。アプローチは変えながらも一貫して関わってきた領域という意味でも、今回の受賞を感慨深く思います。
しかし、私と微生物生態学の本格的な関わりは、博士号取得後に東京大学大気海洋研究所に異動したことに始まります。
私と微生物生態学との縁をつなぎ、深めていただいた方として、木暮一啓先生と吉澤晋さんのお名前を挙げて感謝しないわけにはいきません。同じキャンパスにいたとはいえ全く面識も無かった私を、木暮先生に見出してもらうことがなければ、大気海洋研究所に異動することもありませんでしたし、微生物生態学会に入会することもありませんでした。また大気海洋研究所在籍中はずっと同じ部屋で過ごさせていただいた吉澤さんは、常に新しい技術やアプローチに対してポジティブで、色々な面で背中を押していただき、また多くの共同研究も進めさせていただいてきました。
それ以来、「微生物生態学にとってバイオインフォマティクスとは何か」ということを考えてきました。
バイオインフォマティクスはツールか、それとも学問か、という問いを今でも投げかけられることがあります。ときには、挑発的な雰囲気を伴って。しかし、実のところそういった問いは、バイオインフォマティクス分野の中ですでに、飽きるほど繰り返し問いかけられてきたものです(研究という営みに対して誠実に向き合おうと思えば当然のことでしょう)。もちろん、微生物生態学者が多様であるように、バイオインフォマティクス研究者もまた多様です。それを前提とした上で、私のこの問いに対する答えは明確です。
—It takes all the running you can do, to keep in the same place.(『鏡の国のアリス』)
専門的な技術は何であれ、それが真に有用なものであれば有用なものであるほど、汎化されやすく、専門性の価値が薄まりやすいという内在的な逆説のもとにあります(汎化が容易な特性を持つ情報技術についてはなおさらのことです)。したがって“その場に留まり続ける”ためには、シーズとしての技術を常に進歩させていくか、あるいはニーズとしての学問の枠組みを変えていくか、が構造的に必要となります。これら2つの課題はいずれも同様に重要だと思いますが、表題の問いは、このうち特に後者に関するものです。バイオインフォマティクスによって微生物生態学を「拡張」することで、より大きな学問分野のコンテキストに挑戦していくことができるのではないだろうか。このことが、最近の私の研究にも反映させつつある一つの答えです。
私の大学院の指導教員である高木利久先生がこの分野に移ったころには、まだ「バイオインフォマティクス」という言葉すら存在していませんでした。生物学者には「ゲノムなんて調べても生物のことは何もわからないよ」とけなされ、一方の情報科学者には「生物学者のお手伝いなんか何が楽しくてやっているの?」と呆れられた時代に思いを馳せながら、混沌とした“鏡の国”を走り続けていきたいと考えています。