2020年日本微生物生態学会奨励賞 井町 寛之氏
受賞内容:培養に基づいた難培養嫌気性微生物の生理・生態の解明
受賞理由
井町氏は自然環境に存在し重要な役割を担っているが培養困難な微生物を巧みな培養手法により数多く分離に成功し,ゲノム解析及び培養実験により新規機能を発見し,真核生物誕生の鍵を握る重要な科学的発見をした。対象は排水処理のみならず,水田環境,さらには深海底下へと広範囲にわたり,難培養性嫌気性細菌の培養化を行って生理・生態の理解を飛躍的に向上させてきた。特筆すべき研究の特色は,1)嫌気性排水処理プロセスにおいて嫌気共生細菌群とメタン生成アーキアの共生関係を明らかにし,プロピオン酸や高級脂肪酸等をメタン生成アーキアと共生して分解する嫌気性細菌を多数分離することに成功し,排水プロセスでの微生物群集の機能解明に大きく寄与した点,2)共生メタン生成アーキアへ低濃度の水素を供給する新たな嫌気共生培養法を考案し,系統分類学的に新規なメタン生成アーキアを数多く分離し,特に地球温暖化への寄与が大きいと推定される Rice Cluster I グループの純粋培養に成功した点,3)海底下の未知の難培養嫌気性微生物の単離培養に数多く成功し,特に新たに開発したリアクター培養法により分離培養に成功したアスガルドアーキアは原核生物から真核生物への進化を探る上で重要な科学的発見である点,の 3 点である。自然界からの難培養性微生物の単離培養研究は,地道かつ根気強い不断の努力を要するが,井町氏は共生培養やリアクター培養等の創意工夫により新規微生物を数多く発見してきた。それらの微生物の環境中における重要な役割を解明してきたことは高く評価される。特に,アスガルドアーキアの発見は Nature 誌(577:519–525, 2020)に掲載され,その表紙イメージを飾っただけでなく,Science 誌が選ぶ 2019 年十大科学ニュースにも採択されたことからも,本研究の科学上のインパクトの大きさが窺える。また,井町氏は評議員,第31 会大会横須賀大会実行委員,M&E 誌 Managing Editor 及び Associate Editor 等を歴任し,M&E 誌に 5 報発表するなど本学会にも多大な貢献をしている。以上のように,微生物生態学への学術的貢献,学会や社会への貢献,研究者としての将来性を総合的に考慮し,選考委員は全会一致で井町寛之氏を第 6 回(2020 年度)日本微生物生態学会奨励賞受賞者に相応しいと判断した。
受賞者の声
自分を成長させてくれた微生物生態学会
井町寛之
この度は日本微生物生態学会奨励賞という栄誉ある賞をいただき,大変光栄に存じます。快く推薦してくださった海洋研究開発機構の高井研博士,お忙しい中選考にあたってくださった選考委員の先生方に深く御礼申し上げます。そして,これまでご指導いただいた先生方,私と一緒に研究活動をしてくださった皆様にこの場をお借りして改めて感謝申し上げます。
私にとって微生物生態学会は,単に研究発表や情報交換の場としてだけでなく,プロの研究者となるために様々なことを学び成長させてくれる存在です。この機会に本会との関わりについて,いくつかの個人的な体験について触れさせていただきたいと思います。本学会との初めての関わりは,私が長岡技術科学大学の修士課程 1 年生のときでした。1998 年に京都大学で開催された年会に関口勇地先生(現:産業技術総合研究所)と大橋晶良先生(現:広島大学)に連れて行ってもらいました。私にとってはこのときが全国規模の学会に初めて参加する機会であったこと,そして研究の右も左もまだよくわかっておらず人間的にも未熟だった私は「学会ってすごく白熱した議論や,場合によっては感情的な激論が展開されるハズだろうから,すごくエキサイティングに違いない」と勝手な妄想しつつ少し緊張した状態で参加しました。当然ながらというか,残念ながら自分が妄想していたようなエキサイティングな状態にはならず,質疑応答も活発に行われていた発表もあった一方で,質問が出ずに座長が質問をひねり出すというような発表もありました。発表されていた研究内容がよくわかっていないにも関わらず,自分が勝手に想像していたエキサイティングな状態ではなかったので,こんなものなのかと思いながら聴講していました(生意気な学生でしたね。すみません)。しかし,自分が妄想していたことが実際に起きたのです。ある発表の質疑応答が始まった途端に,数名の先生が研究内容について大きく否定した発言をされました。そして,その研究発表をした仲間と思われる先生が,その発言をした先生の背後に回り,威嚇し殴りかかるような素振りをとったのです。私の想像していた通り全国大会になると過激なことも起こるのだと大きな衝撃を受けました。結果的に暴力沙汰にはなりませんでしたが,後から事情を聞いてみると,それはエセ科学の発表であり,それを排除すべく勇気ある先生方が立ち上がったとのことを知りました。若かりし私は,エセ科学が混じり込んで学の権威を利用しようとすることがあること,そして毅然とした態度で学問を守る先生方の姿勢を学びました。次の本会との関わりは翌年に高知で行われた年会で,自分が修士課程で行っていた研究を発表しました。自分の研究内容に近い先生達を前にした初めての発表であったのでとても緊張し,登壇直前の高知大学の教室の風景を今でもよく覚えています。そして発表後には,質問ではなく研究内容について賞賛のコメントをいただきました。質問が来るのが怖いなぁと構えていた自分にとっては全く予想外の出来事であり,このときに褒めていただいたことが私にとってはとても大きな成功体験の 1つになっていると同時に,研究の楽しさや達成感を学びました。その後は年会に参加するのが楽しくなり,参加の度に新しい出会いがあり,同じ興味を持ち苦楽を語り合える研究仲間ができただけでけではなく,現在の職場で働くきっかけとなった今の上司との出会いもありました。その後,本会と私の関わりは年会だけではなく,評議委員,横須賀大会の実行委員,そして最近では Microbes and Environments誌の編集幹事として,さらに深く関わるようになりました。今では私のメイン学会です。
今年はアスガルドアーキアについての論文(Imachi et al., 2020. Nature)が研究成果として最大化でき,ありがたいことに多くの方から賞賛の言葉をいただきました。先日,鎌形会長からは「もうあのアーキア論文を越えるものを井町君は生み出せないよ。あれが研究者としての最大の成果だ」と笑いながら鎌形流の叱咤激励をいただきました。今回,このタイミングで本会から奨励賞をいただけた意味は,さらにあの成果を越えろという応援と捉えています。今後も培養が難しく取扱がやっかいな微生物と日々向き合いながら精進していきたいと考えています。皆様,今後ともよろしくお願い致します。