2021年日本微生物生態学会奨励賞 成廣 隆氏
受賞内容:廃水処理微生物生態系の包括的理解に向けた生命情報科学研究
受賞理由
生物学的廃水処理技術は都市下水や産業廃水の浄化処理と水資源の再利用を担う社会基盤の要であり,その内部では多種多様な微生物が廃水に含まれる有機物・無機物の分解除去を担っている。各種廃水処理プロセスの複合微生物集団を対象とする研究は国内外で盛んに行われてきたが,その集団を構成する微生物の多くが未知・未培養である為に代謝機能や微生物間相互作用が十分に理解されないまま廃水処理プロセスが運用されているのが現状である。成廣氏は,国内外の様々な廃水処理プロセスに生息する複合微生物群や,汚泥等から分離培養された微生物を対象として,分子生物学的解析技術やオミクス解析技術を駆使し,その多様性,存在量,相互作用を詳細に解析するとともに,ゲノム情報から得られる機能遺伝子情報からそれらの代謝機能や生態学的役割の解明に向け精力的に研究を実施してきた。特に,嫌気性廃水処理プロセスにおける微生物の多様性,相互作用,代謝機能を精緻に解明した一連の研究は,廃水処理技術の高度化のみならず微生物生態学の進展に寄与する特筆すべき業績である。また,米国イリノイ大学に客員研究員として 在籍して以降,オミクス解析を活用した廃水処理微生物の実態解明に関する研究成果を Microbiome や The ISME Journal等の著名な国際誌に多数報告しており,共同研究や学生の技術研修を通じてその知見を国内の研究者に還元している。加えて,科学研究費補助金(若手 A,基盤 B 等)を継続的に獲得し基礎研究を推進するとともに,戦略的イノベーション創出プログラムにおいては中核研究者として廃水処理微生物情報解析の社会実装を志向した応用研究を展開している。更には,若手研究者時代から長きに渡りMicrobes and Environments(M&E)誌のManaging/Production Editorを務めるだけでなく,ISMEシンポジウムにおける宣伝ブースの企画運営,広報用ダイジェスト版の作成,ウェブサイトの管理,海外著者向けクレジットカード支払いシステムの構築など,M&E 誌の発展のために多大な貢献を果たしている。それに加え,M&E 誌に 17 報および和文誌に 10 報,年次大会等における実行委員・シンポジウムオーガナイザー,評議委員,庶務 幹事等の活動を通じて本学会の運営にも積極的に関与している。以上の様に,微生物生態学への学術的インパクトの強さ,学会や社会への貢献,研究者としての将来性を総合的に判断し,また,今後も本学会への発展に尽力されることを期待し,選考委員会は全会一致で成廣隆氏を第 7 回(2021 年度)日本微生物生態学会奨励賞受賞者に相応しいと判断した。
受賞者の声
幸運と学びに恵まれた微生態との関わり
産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 微生物生態工学研究グループ
成廣 隆
このたび日本微生物生態学会奨励賞という身に余る栄誉を賜り,大変光栄に思うと共に,推薦いただいた玉木秀幸博士,審査委員会の皆様,一緒に研究させていただいている皆様に厚く御礼申し上げます。私と微生態との繋がりは 1999 年,豊橋技術科学大学の学部 4 年在籍時に学生会員となったことに始まり,もう 20 年以上も経過していることに時の流れの速さを感じます。学生時代は平石明先生の研究室で,当時流行した家庭用生ゴミ処理機を用いた廃棄物処理に係る微生物を対象に研究し,その過程で寒天平板培地を用いる好気性細菌の純粋分離や,ゲル板シークエンサーを用いる 16S rRNA 遺伝子塩基配列解析等,様々な実験技術を学びました。当時の私は了見が極めて狭く,典型的な「後輩にやたら厳しいタイプの先輩」でした。それを戒めてくれたのが吉田奈央子先輩(現名工大准教授)で,ある日,10枚ほどの正方形の折り紙の裏に「成廣君のダメなところと,こうなってほしいという要望」が散文調で綴られた手紙を手渡され,猛省したことが思い出されます。他にも様々な出来事がありましたが,平石先生の御指導に加え,幸運にも素晴らしい先輩方,同期,そして後輩達に恵まれたことで博士の学位を修めることができました。感謝してもしきれません。
産総研との繋がりは,大学院在籍時に嫌気性菌の培養技術を学ぶために平石先生の伝手で鎌形洋一さんの研究室を訪問したことに始まり,その後,幸運にもポスドク職の機会をいただき,関口勇地さんの下で廃水処理プロセスに生息する微生物群を対象とする研究に着手しました。その時初めて,ARB が描き出す微生物の巨大な分子進化系統樹を関口さんに見せてもらい,この世界のほぼすべての環境において,純粋分離されていない未知微生物が圧倒的大多数を占めていることを学びました。そんな謎の生命体を前にしてこれまで培ってきた研究アプローチの限界を知り,何をやったらいいのかぜんぜんわからなくなった時期に,たまたま産総研の旧特許生物寄託センターに常勤職の口があったので応募してみたところ幸運にも採用されました。特許生物寄託センターで過ごした 3 年半の間,研究の流れには大きく取り残されましたが,数千を超える特許寄託株を前にして花田智さんらとともにある意味レアな社会経験を積んだことは決して無駄ではありませんでした。
研究が大きく飛躍したのは鎌形さんの伝手でイリノイ大学の Wen-Tso Liu 教授のラボに客員研究員として滞在した際に Masaru K. Nobu さんらと出会い,大規模な菌叢解析やメタゲノム解析を学んでからです。この経験がなければ,高速シークエンサーの普及によるデータ量の急激な増加に対応できず進むべき道を見失い,研究者を辞めていたかもしれません。これらの解析技術を活かすなら廃水処理の現場で起こっていることをきちんと学ぶ必要があると考え,帰国後からこれまでに 42 箇所の廃水処理施設に足を運び,そこで昼夜を問わず人間社会における水循環を支えてくださっている皆様の姿を目の当たりにしました。現場が抱える様々な問題を解決できる新しい廃水処理技術を創出するために,工学,生物学,化学,情報科学といった主要学問の境界に位置する微生物生態学が,そのアドバンテージを発揮するのはまだまだこれからだと信じています。もちろん私一人の貧弱な発想ではその実現は不可能で,もっと若い研究者の躍進が不可欠です。私の周囲の若手が研究に集中できる環境をつくるために日々努力しているつもりですが,様々な局面で一個人としての力の限界を迎えつつあることも実感しています。その限界を打ち破るには勢いのある研究者が集まって良い研究成果を出していくしかありません。幸運なことに,産総研北海道センターでも優秀な研究者の皆さんに囲まれ,「微生物生態工学研究グループ」が2020 年度に発足しました。メンバー一同,微生物生態の名に恥じない成果を発信し続けることでこの分野を支える一つの拠点になることを目指しています。世相が落ち着き,札幌にお越しになる機会がございましたらぜひお立ち寄りください。
こうして微生態との関わりの中で過ごした 20 数年を振り返ると,数々の幸運や伝手,そして学びに恵まれたことが身に染みてよくわかります。また,2011 年から M&E 編集幹事を拝命して以来,IFの向上に努めてきた身として,2019 年の IF 喪失では関係する皆様に多大なご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。私自身,非常に大きなショックを受けてしばらく立ち直れなかったのですが,幸運にも 2020 年の IF で無事復帰を果たしました。2021年からは事務局の庶務幹事も拝命しましたので,これからは新たな気持ちで微生態を支えて参ります。末筆ながら,ここに御名前を書ききれなかった皆様方にも改めて心より感謝いたします。今後ともご指導,ご鞭撻を賜りますよう,よろしくお願い申し上げます。