2021年日本微生物生態学会奨励賞 八幡 譲氏
受賞内容:行動微生物生態学における原理の発見
受賞理由
微生物の真の姿や生態を理解するために生の状態で解析できれば,というのは微生物および微生物生態学に携わる者達にとって長年の夢である。その代替法として,各種培養法からオミクス解析等々が開発されている。その一方で,生きている細胞集団を直接解析し,その細胞内の分子動態や微生物生態系の理解を可能とする技術は未だ道半ばである。八幡氏は,嫌気環境下におけるバイオフィルムの代謝活性や可視化が非常に困難であった頃から,先陣を切って,新しい技術の開発とそれに基づく新知見の獲得に成功した。具体的には,ガス状および水溶性代謝産物の捕集を同時に可能とする新規の気密性フローリアクター Airtight Flow reactor for nondestructive Gaseous metabolite Analysis and Structure visualization(AFGAS)法を開発し,また,八幡氏によって開発された反射顕微鏡法を基礎としたContinuous-optimizing confocal reflection microscopy
(COCRM)法によりバイオフィルムの非破壊解析を可能とした。その結果,バイオフィルム構造が嫌気環 境では三次元メッシュ状に変化し内部への基質供給を促進する現象を世界で初めて発見した。本研究は,バイオフィルム形態と脱窒代謝活性の密接な関与を示唆する初の知見であり,その高い独創性により国際微生物生態学会より The most innovative presentation by Ph.D. candidate を対象とする D.C. White 賞の受賞に至っている。また,海洋における栄養環境の変動を再現したマイクロ流体デバイス技術を開発することによって,海洋微生物の種分化には採餌行動における競争力と移動能力のトレードオフが作用することを見出し,この微生物の採餌行動を微生物の進化と融合・発展させた研究により国際微生物生態学会第1回Tom Brock賞を受賞している。本研究を緒として,数百の細胞を同時に追跡し採餌場滞在時間を数値化する画像解析技術の開発を通じて微生物の採餌行動が最適採餌理論と呼ばれる原理で説明可能であることを発見している。これら理論的取り組みとして,微生物の表現系や物理的要因が採餌行動に与える影響を統一的に理解する理論的フレームワーク「The Foraging Mandala」を提示し,生物学と物理学との融合による微生物生態学の発展に貢献している。更には,多数の細胞の生理状態・種類を非破壊で同時に診断可能なConfocal Reflection microscopy-assisted single-cell Innate Fluorescence analysis(CRIF)一細胞自家蛍光分析法を開発し,複数の異分野へインパクトを与えている。これまでの研究は,Microbes and Environments 誌および和文誌にも発表され, また,学会シンポジウムを企画するなど,本学会への貢献も認められる。以上の様に,微生物生態学への学術的インパクトの強さ,学会への貢献,研究者としての将来性を総合的に判断し,また,今後も本学会への発展に尽力されることを期待し,選考委員会は全会一致で八幡穣氏を第 7 回(2021 年度)日本微生物生態 学会奨励賞受賞者に相応しいと判断した。
受賞者の声
第 7 回日本微生物生態学会奨励賞の受賞に寄せて
筑波大学 生命環境系・微生物サステイナビリティ研究センター
八幡 穣
この度は日本微生物生態学会奨励賞という名誉ある賞を頂き,大変光栄に思います。「行動微生物生態学における原理の発見」という研究は,私が筑波大学生命環境科学研究科に在籍する博士課程学生だったころに始まり,マサチューセッツ工科大学とスイス連邦工科大学チューリッヒ工科大学での研究を経て発展し,そして母校筑波大学で自分の研究グループを主宰する現在まで続く研究です。その間に,日本微生物生態学会,また国際微生物生態学会の皆様から頂いた様々な形での励ましとご指導が大きな力となりました。研究とは人との出会いによって思いもかけない方向に,想像を超えて広がっていくものであり,だからこそ素晴らしいとこれまでの活動を振り返って思います。
例えば恩師野村暢彦教授(筑波大学・微生物サステイナビリティ研究センター)との出会いがあります。実を言えば学生時代は特に微生物学を志していた訳ではないのですが(失礼!),野村先生の講義を聞いてなにかとても心に響くものがあり,その場で門下に加えてもらえるようお願いしたのが微生物学との出会いです。当時野村研究室では精密な分子生物学的手法を駆使した微生物間コミュニケーションやバイオフィルム形成の研究をまさに展開しようとする時期でしたが,自分はもっぱら電動ドリルやら半田ごてやらを使ってのオリジナル実験装置の製作に熱中していました。ピペットより工具を持っている時間の方が長かったのではとも思います。今考えればはた迷惑かつずいぶん勝手な生徒ですが,笑って好きなようにやらせて下さった野村先生のおかげで,自ら手法を作り,微生物のミクロの生態を探索するという今につながる基本方針ができたのだと思います。こうして作った“バイオフィルムから発生するガス代謝産物を分析する装置”を国際微生物生態学会第 12 回大会で発表したところ,思いがけず第一回 D.C. White 賞を頂き,大きな励みとなりました。閉会式の後で微生物生態学会の先生がたにお祝いしていただいたのは大変よい思い出です。この装置の開発と実証で思わぬ壁になったのが,低酸素環境では蛍光タンパク質による細胞やバイオフィルムの可視化が難しいということでした。この研究もここまでかという局面でしたが,野村研究室に導入されたばかりの数千万円の共焦点顕微鏡をこれもまた好きなようにいじり回させて頂いたおかげで,共焦点反射顕微鏡法による tag-free でのバイオフィルム可視化法(COCRM 法)を開発でき,壁を乗り越えることができました。これが現在に続く「intactな細胞の行動を評価する」という技術方針の始まりです。
もう一人の師である Roman Stocker 教授(現スイス連邦工科大学チューリッヒ校)とその研究室メンバーとの出会いもまた,今の自分に大きな影響を与えています。自分は幸運にも Roman グループに参加することができ,物理や数学のバックグラウンドをもつ優秀な同僚たちと研究に明け暮れた日々は非常に刺激的でした。Roman は当時 MIT に自分の研究グループを立ち上げたばかりの時期でしたが,海洋微生物の生態をマイクロ流体デバイスで可視化する手法でセンセーショナルな成果を次々と発表していました。そうした中で自分が特に感銘を受けたのが,Roman グループが Science 誌に発表した“猫の水の飲み方は流体力学的に洗練されている”という論文でした。好奇心を素直に追求している点,またその実験装置の独創性,そして一見冗談のようなテーマを一流の科学的成果へと昇華する様子に,「科学とはこれほど自由で良い」と教えられたように思います。こうした自由な空気の中で,微生物の行動にマクロ生態学の理論を当てはめるという新しい試みを展開することができたのは,非常に幸運だったと思います。この時に取り組んだのは,「海洋中での種分化はどのようなメカニズムで起こるのか?」というテーマでした。3 年間の試行錯誤の末,マイクロ流体デバイス中に海洋のような時間的に変化する環境を作り出し,その中で細胞の行動をビデオで記録する手法を開発し,種分化を支える決定的な行動の違い(Competition-dispersal tradeoff)を可視化することに成功しました。この時の仕事は国際微生物生態学会第 14 回大会で The Brock Postdoctoral Awardを受賞するなど望外の評価を頂くとともに,「細胞の生息環境を再現し,非破壊的可視化によりそのありのままの生態を知る」という現在に続くアプローチの基盤となっています。
こうした二人の素晴らしい師,また友人でもある共同研究者たちとの出会いを経て,現在は母校の筑波大学にて「Robotics and EnvironmentalMicrobiology Lab.」を主宰し,才能豊かな若い世代とともに微生物の行動生態学的研究やそれを支える非破壊的 1 細胞診断技術(CRIF 法)など Excitingなテーマを研究することができている自分のキャリアは,本当に幸運に恵まれたと思います。このキャリアの中の大きな転機である Roman との出会いを作って下さった,木暮一啓先生(現東京大学名誉教授)にも感謝申し上げたいと思います。木暮先生に直接ご指導いただく機会は残念ながらありませんでしたが,自分の微生物生態学会での発表を覚えていて下さり,Roman が来日したときに彼の前で講演する機会を与えて頂きました。この時に Roman と直接話すことができなければ,あるいは自分が彼の下で学ぶ機会はなかったかとも思います。PI となった今では,あのときの木暮先生のように日本微生物生態学会の若い世代に絶妙な“パス”を出せるようになるというのが自分の目標です。
紙数の都合にて様々なエピソードを詳らかにご紹介するとは叶いませんが,学会やセミナーにて温かいご指導を頂きました先生がたに,研究室での成功や失敗を共有したラボの仲間たちに,そして冒険に満ちた研究者としてのキャリアをともに共に楽しんでくれている妻志央美に心から感謝いたします。
略儀ながら本稿をもちまして,お礼の言葉に代えさせて頂きます。
2021 年 7 月 つくば市にて