害虫カメムシが共生細菌を体内に取り込む特異な仕組みを解明 -カメムシは腸内で共生細菌を選別する-(PNAS 112)
[概要]
国立研究開発法人産業技術総合研究所の菊池義智主任研究員らは、北海道大学、放送大学、国立研究開発法人農業環境技術研究所、釜山大学校(韓国)と共同で、農作物の害虫として知られるカメムシ類が、消化管に発達した狭窄部によって餌とともに取り込まれた雑多な細菌の中から特定の共生細菌だけを選別して共生器官に取り込むことを明らかにしました。本研究は、害虫であるカメムシ類が共通して持つ共生細菌獲得に関わる特異な仕組みを初めて明らかにしたものであり、共生の進化を考える上で重要な研究成果といえます。
[研究の背景]
作物に害を与える農業害虫や、病原性微生物を媒介する衛生害虫、シロアリのように木造住宅を食害する家屋害虫など、いわゆる「害虫」と呼ばれる昆虫のほとんどが体内に共生細菌を持っています。これら共生細菌は、成長・生存・繁殖に必要な栄養供給や消化の補助などの役割を担っていることが知られています。このような共生細菌は害虫防除のための新たなターゲットになると考えられており、その共生機構の解明を目指した研究が進められています。
カメムシ類(半翅目:異翅亜目)は世界では40,000種以上、日本では1,500種余りが知られ、その多くは農作物の重要害虫です。これらカメムシ類の多くはその腸内に共生細菌を保持しており、それら共生細菌が栄養供給や植物適応、殺虫剤抵抗性など宿主の生理生態において重要な役割を担っています。最近の研究によって、共生細菌の機能や進化過程に関する知見が蓄積してきましたが、カメムシ類の腸内共生がいったいどのような仕組みで成立しているのかは、ほとんど分かっていませんでした。
[研究の内容]
ホソヘリカメムシ(図1)の消化管の後半部分には「盲嚢(もうのう)」と呼ばれる多数の袋状組織が発達しており(図2)、その中にバークホルデリア(Burkholderia)属細菌が共生しています(この袋状組織が多数発達した消化管の部位を、以下「共生器官」と呼ぶ)。また、消化管の中央付近(共生器官の手前に当たる部位)は極端に狭まっており、本研究ではこの部位を「狭窄部」(図1)と名付けました。この狭窄部は、古い文献にも記載がみられますが、その機能についてはよく分かっていませんでした。
まず、ホソヘリカメムシの消化管における食物の流れを観察するために、さまざまな食用色素を吸わせ消化管内容物の流路を観察したところ、色素は狭窄部までは到達するものの、以降の共生器官にはまったく流入せず(図3)、ホソヘリカメムシの消化管ではこの狭窄部によって食物の流入が極端に制限されていることが明らかとなりました。
次に、バークホルデリアを持たないカメムシの幼虫に、食用色素と緑色蛍光タンパク質(GFP)で緑に発光させたバークホルデリアを同時に吸わせたところ、色素は狭窄部分で止まり、バークホルデリアだけが共生器官に感染することが明らかとなりました(図4A)。さらに、GFPで緑に発光させたバークホルデリアと赤色蛍光タンパク質(RFP)で赤く発光させた大腸菌を同時に吸わせたところ、大腸菌は狭窄部で止まる一方、バークホルデリアだけが狭窄部を通過して共生器官に到達していました(図4B)。大腸菌以外にも土壌細菌として一般的なシュードモナス・プチダや枯草菌も、同様に吸わせたが、いずれも共生器官には感染しませんでした。これらの結果から、ホソへリカメムシの消化管には物質の流入を制限しつつ共生細菌だけを特異的に通過させる、極めて高度な細菌選別機構が発達していると結論することができます。
食用色素がマルピーギ管や糞から検出されたことから、餌の消化吸収は全て狭窄部の手前までには完了し、体液中に吸収された色素がマルピーギ管に集められ排泄されると考えられます。つまり、ホソヘリカメムシの消化管は、狭窄部を中心に「食物を消化吸収する前部」と「共生細菌を住まわせる後部」に高度に機能分化しているといえるわけです。このように餌の流入が消化管の途中でストップすることは通常の動物では報告がないが、ホソヘリカメムシが消化吸収しやすい植物の汁液を餌にすることと関連がある可能性が高いかもしれません。
次に、バークホルデリアが狭窄部を通過する機構を解明するため、トランスポゾンを挿入したバークホルデリアの変異株を作成し、どのような変異株がカメムシに共生できないかを調べました。その結果、べん毛形成に変異を持つ運動不全株が狭窄部を通過できないことが分かり、バークホルデリアはべん毛を使って泳いで狭窄部を通り抜けている事が示唆されます。
農作物の害虫カメムシ類の多くは、ホソヘリカメムシ同様に腸内共生細菌を持つ。代表的な分類群のカメムシ類について消化管を観察したところ、ホソヘリカメムシ同様に消化管の中央付近に狭窄部が観察されました。食用色素を吸わせてその流路を確認したところ、調査をした全ての種で、色素は狭窄部以降の共生器官には流入していませんでした。この結果から、多くのカメムシ類に共通して、消化管は「食物を消化吸収する前部」と「共生細菌を住まわせる後部」に高度に機能分化しており、狭窄部によって共生細菌が選別されていると考えられます。
今後の予定
今後は、ホソヘリカメムシを中心に細菌選別器官である狭窄部における発現遺伝子やタンパク質を網羅的に解析し、共生細菌の腸内選別が起きている遺伝的基盤を明らかにしていきたいと考えています。狭窄部による細菌選別は多くの害虫であるカメムシ類にみられる共通の機構であり、その遺伝的基盤の解明は、共生細菌の感染・定着を阻害する新しい害虫制御技術の開発につながる可能性が期待され、そのような観点から研究に取り組んでいくつもりです。
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences USA
論文タイトル:Insect’s intestinal organ for symbiont sorting
著者:大林翼(北大)、竹下和貴(北大)、北川航(産総研)、二河成男(放送大)、古賀隆一(産総研)、孟憲英(産総研)、多胡香奈子(農環研)、堀知行(産総研)、早津雅仁(農環研)、浅野行蔵(北大)、鎌形洋一(産総研)、Lee Bok Luel(釜山大)、深津武馬(産総研)、*菊池義智(産総研)
(*責任著者)
論文リンク:http://www.pnas.org/content/112/37/E5179.full
産業技術総合研究所プレスリリース: https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2015/pr20150901/pr20150901.html