染色体上からリボソームRNA遺伝子が消えた細菌を発見 ~ゲノムの常識を覆す~ (PNAS 112)
【研究概要】
東北大学大学院生命科学研究科の地圏共生遺伝生態分野と遺伝情報動態分野の微生物研究グループは、環境細菌(*1)Aureimonas(オーレイモナス)のリボソーム(*2)RNA遺伝子が、安定的に維持される染色体(*3)ではなく、プラスミド(*4)に位置していることを明らかにしました。これまでは、生命の根幹をなすリボソームRNAの遺伝子は染色体上にあるのが当然と信じられてきました。本研究により、生息環境に適応して進化する過程で、細菌のゲノム(*5)は予想外にダイナミックに変化していることが示されました。本研究は、生物一般のゲノムに関する常識を覆し、遺伝の仕組みに対する研究に新たな視点を与えるものです。本研究結果は、平成27年11月3日付けで米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)』電子版に掲載されました。
【研究内容】
東北大学大学院生命科学研究科の地圏共生遺伝生態分野の按田瑞恵博士(大学院生:当時)、大久保卓博士(博士研究員)、菅原雅之助教、三井久幸准教授、南澤究教授、および遺伝情報動態分野の大坪嘉行助教、永田裕二准教授、津田雅孝教授の微生物研究グループは、オーレイモナス属に分類される細菌がきわめてユニークな構成のゲノムをもつことを発見しました。
東北大学大学院生命科学研究科の野外湛水実験施設(宮城県大崎市)で栽培したダイズから分離した細菌オーレイモナスAU20(図1)を調べたところ、そのゲノムは1つの染色体と小さな8つのプラスミドから構成されており、染色体には他の細菌と同様に数多くの遺伝子の存在が確認されました。しかし予想外なことに、リボソームRNAの遺伝子が染色体ではなく最も小さいプラスミドに存在していました(図2)。このプラスミドは、ほぼリボソームRNA遺伝子のみで構成され、また、細胞分裂に伴って娘細胞に正確に分配される仕組みがないことなど、明らかに染色体と異なることが分かりました。さらに、イネから分離された近縁なオーレイモナス属細菌もAU20と同様のゲノム構成をもつことが判明しました。
リボソームRNAは、地球上で最初の生物が誕生して以来、全ての生物のタンパク質合成を直接担う生命の根幹をなす成分です。そのような必須成分の遺伝子は、安定に維持される染色体によって子孫に伝えられるものと信じられてきました。実際、これまで知られていた全ての細菌で、リボソームRNA遺伝子は染色体に乗っていました。本研究により、植物などの生息環境に適応して進化する過程で、細菌のゲノムが予想外にダイナミックに変化していることが明らかとなりました。この成果は、生物一般のゲノムに関する常識を覆すとともに、遺伝子機能の調節や自然界での生物間の遺伝子交換に関する今後の研究に新たな視点を与えるものと言えます。
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究A「植物共生微生物のメタゲノム解析による物質循環機能の解明」、基盤研究A「ダイズ根粒菌の共生進化ダイナミズムと温室効果ガス削減の分子機構」、特別研究員奨励費「根粒形成および窒素シグナルによる葉圏細菌群集構造の制御機構」の助成を受けて行われました。
【用語説明】
*1細菌:単細胞の原核生物で、環境中や生物体内等に広く存在し、乳酸菌や抗生物質生産菌のような有用微生物や種々の病原微生物も含まれる。
*2リボソーム:全ての生物のタンパク質の合成の場となっている細胞内小器官。リボソームRNAとリボソームタンパク質から構成されているが、前者のリボソームRNAが主要な役割を有する。
*3細菌の染色体:細菌細胞中には、核膜に包まれていないDNAが核様体として存在する。そのうち染色体と呼ばれるものは、複製(遺伝のためのコピーを作ること)と細胞分裂に伴う娘細胞への分配が厳密に調節され、増殖その他生命活動に必須な全ての遺伝子を担っている。
*4プラスミド:一部の細菌が染色体と別に保持するDNA。増殖には必要ないものの、特定の環境への適応に役立つ遺伝子を担っている例が知られている。
*5ゲノム:ある生物がもつDNA全体のこと。すなわち遺伝情報の全体のセット。
図1 東北大学大学院生命科学研究科野外湛水実験施設のダイズ圃場(A)とオーレイモナス属細菌Aureimonas sp. AU20の顕微鏡写真(B)。バーは10 μm。
図2 オーレイモナスAU20のゲノムの模式図。1つの染色体と8つのプラスミドを、それぞれのDNA鎖の長さに基づいて示した。リボソームRNA(23S rRNA、16S rRNA、5S rRNAの三種類が存在する)の遺伝子を担うプラスミド(pAU20rrn)を図内に拡大して示した。「複製起点」、「複製終点」は複製の開始と終結に重要な部分を表す。
【論文題目】
題目:Bacterial clade with the ribosomal RNA operon on a small plasmid rather than the chromosome
著者:Mizue Anda, Yoshiyuki Ohtsubo, Takashi Okubo, Masayuki Sugawara, Yuji Nagata, Masataka Tsuda, Kiwamu Minamisawa, Hisayuki Mitsui
雑誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS) 112(46):14343-14347.
DOI:10.1073/pnas.1514326112