「ちきゅう」により生命圏の限界域に迫る海底下微生物生態系を発見(Science_349)
概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構高知コア研究所の稲垣史生上席研究員らは、国立研究開発法人産業技術総合研究所、国立大学法人高知大学、国立大学法人千葉大学、ブレーメン大学(ドイツ)、スイス連邦工科大学(スイス)、カリフォルニア工科大学(米国)、マサチューセッツ工科大学(米国)、クレイグベンター研究所(米国)等が参加する国際研究チームと共同で、地球深部探査船「ちきゅう」による統合国際深海掘削計画(IODP)第337次研究航海「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」により青森県八戸市沖の約80kmの地点(水深1,180m)から採取された海底下2,466mまでの堆積物コアサンプルを分析した結果、海底下に埋没した約2000万年以上前の地層に、陸性の微生物生態系(石炭の起源である森林土壌の微生物群集)に類似する固有の微生物群集が存在することを発見しました。それらの微生物群集は、堆積物1cm3あたり100細胞以下と極めて微量であり、海洋科学掘削により、世界で初めて海底下深部の生命圏の限界域に到達したことを示唆しています。一方、栄養源に富む海底下約2kmの石炭層では細胞数が100倍以上増加する傾向が認められました。石炭層から採取されたサンプルを用いて、下降流懸垂型スポンジリアクターによる培養を試みたところ、天然ガス(メタン)を生産する世界最深の嫌気性微生物群集の培養に成功しました。
本研究成果は、かつて湿原や森であった太平洋沿岸の環境が日本列島の形成に伴って海底下深部に埋没し、2000万年以上の地質学的時間を経てもなお、当時の森林土壌に由来する微生物生態系の一部が保持され、有機物の分解による石炭層や天然ガスの形成プロセスに重要な役割を果たす「海底下の森」の存在を示しています。これらの発見は、地球内部環境における生命圏の限界とその広がり、生命生息可能条件や生命進化等を理解する上で極めて重要な研究成果です。
研究の背景
近年の海洋科学掘削の研究により、世界各地の大陸沿岸の海底堆積物環境には、1 cm3あたり1万細胞以上の微生物が生息し、地球全体の海洋堆積物には約2.9×1029細胞の膨大な数の微生物が生息していると考えられています。それらの微生物群集は、主に海水から地層に埋没した有機物を栄養源として生育し、水素・炭素・酸素・窒素・硫黄などの元素循環に大きな役割を果たしています。一般的に、海底堆積物に含まれる微生物細胞の数は、深さが増すにつれて対数的に減少する傾向が認められています。これまでに、ニュージーランド沖で掘削された1,922mまでの堆積物サンプルから微生物の存在を示唆するデータが報告されています。一方、海底下のどのくらいの深さまで生命圏が広がっているのか(生命が存在しているのか)といった「生命圏の限界」に関する謎や、そもそも生きているのか、どこから来たのか、炭素循環などの地球環境にどのような役割を果たしているのか、といった多くの科学的な疑問は未解明のままでした。
今回の研究で新たに分かったこと
IODP第337次研究航海「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」における「ちきゅう」船上の堆積学的分析などにより、海底下約1.5〜2.5kmの深度範囲に過去2000万年以上前(新第三紀中新世〜古第三紀漸新世)に浅海〜湖沼環境で形成されたと推察される17の石炭層(厚さ0.3〜7.3mの褐炭と呼ばれる未熟性の石炭)が確認されました。これは、北海道南部〜東北地方太平洋側の沿岸環境が、かつて植物の生い茂る「森」や「湿地」であったことを示しています。また、温度センサーを用いた孔内計測によって、掘削孔の最深部2,466m地点での現場温度は約60℃であり、採取された地層サンプルは生命(微生物)が生息可能な温度の範囲内であることが示されました(図1)。
「ちきゅう」船上に整備されているX線CTスキャナーによって選別された高品質な微生物分析用コアサンプルを採取し、陸上の研究施設(JAMSTEC高知コア研究所※7)において、堆積物中に含まれる微生物細胞を鉱物などから剥離・濃縮し、ゲノムDNAに特異的に吸着する蛍光色素で染色された微生物細胞の数を蛍光イメージ画像により計測した結果、大陸沿岸の堆積物に生息する微生物細胞数の世界平均を遥かに下回る極微量の微生物細胞(1 cm3当たり100細胞以下)が存在していることが明らかになりました(図2)。本結果は、海洋科学掘削により世界で初めて海底下深部生命圏の限界域を捉えたことを示唆しています。また、微生物にとっての栄養源となる海底下1.9〜2.0kmと2.4km付近の石炭層には、1 cm3あたり1万細胞程度にまで微生物細胞数が増加していることが明らかになりました。
「ちきゅう」のライザー掘削によって地層から船上に運ばれてくるマッドガスや、掘削孔内から採取された地層流体(地下水)に含まれるガスの化学成分(C1/C2: メタンとエタンの比率)およびメタン・二酸化炭素の炭素・水素同位体組成を分析した結果、2000万年以上前に形成された海底下約2.5kmまでの地層においてもなお、現場の微生物の代謝活動による天然ガス生産が進行しており、その末端反応を担う微生物は、水素をエネルギー源とした二酸化炭素(CO2)還元型のメタン生成菌であることが示唆されました(図3)。さらに、それらの堆積物コアサンプルから、メタン生成菌の生細胞の存在を示すF430バイオマーカーの検出・定量にも成功しました。
また、同掘削地点の浅部堆積物に生息する微生物の培養に実績のある下降流懸垂型スポンジリアクターを用いて、海底下約2kmの石炭層に生息する微生物群集の培養を現場温度に近い約40℃の嫌気(無酸素)条件で試みた結果、メタノバクテリウム属に近縁なメタン生成菌を含む、世界最深部の海底下微生物群集の培養に成功しました(図4)。リアクターにより培養された微生物細胞を含む培養液を採取し、安定同位体炭素(13C)で標識されたCO2を添加し、超高空間分解能二次イオン質量分析計(NanoSIMS)を用いて細胞の同位体元素組成イメージを分析した結果、実際にCO2を細胞内に取り込んでいる微生物細胞(メタノバクテリウム属のメタン菌など)の生育が確認されました。これらの微生物学的な結果は、ガスの同位体地球化学分析やF430バイオマーカーの分析から得られた結果と同様に、海底下約2.5kmまでの堆積物環境に、石炭層の熟成プロセスや天然ガスの形成プロセスに関与する微生物生態系が存在する証拠を示しています。
海底下深部の「生命圏の限界域」に生息する低濃度の微生物群集について、その種類や多様性を評価するため、堆積物コアサンプルから直接DNAを抽出し、系統学的な分類指標となる16S rRNA遺伝子の増幅および次世代シーケンサーを用いた網羅的な塩基配列の解読を行いました。さらに、外部汚染(コンタミネーション)の影響のない現場固有の微生物種を評価するため、ライザー掘削に用いる泥水や実験室内の空気・水などに由来する16S rRNA遺伝子の増幅産物についても網羅的な塩基配列の解読を行い、統計学的手法によって比較群集構造解析を行いました。その結果、海底下365mまでの海洋性堆積物から得られたコアサンプルからは、これまでの大陸沿岸の海底堆積物から検出されている一般的なバクテリア(例えば、クロロフレキシ門やアトリバクテリア門などに属するバクテリア)が優占的に検出されましたが、石炭層を含む海底下1.2〜2.5kmまでの深部地層からは、それらのバクテリアはほとんど検出されず、陸域の森林土壌などに広く分布する固有のバクテリア(例えば、アクチノバクテリア門、プロテオバクテリア門、ファーミキューテス門やアッシドバクテリア門などに属するバクテリア)が多く検出されました(図5)。これらの遺伝子解析の結果は、過去2000万年以上前の当時、「森」や「湿原」であった大陸縁辺の環境が、日本列島の形成に伴い、地質学的な時間を経て海底下深部に埋没してもなお、当時の森林土壌に由来する陸源性の微生物生態系の一部を保持し、依然として有機物を分解してメタンを作り出す「海底下の森」としての役割を果たしていることを示唆しています。
考察
海底下約2.5kmの地層温度は約60℃であり、自然環境中の微生物が生息可能な温度範囲内であるにもかかわらず、なぜ生命圏の限界域に相当するような極度な微生物量の低下が起きているのでしょうか?
海底下の堆積物環境は、一般的に深くなるにつれ古い地層から構成され温度が高くなっていきます。他方、核酸(DNAやRNAなど)やタンパク質を構成するアミノ酸などの生体高分子は、温度が増すにつれ急激に損傷率が高くなることが知られています。本研究で調査された掘削サイトでは、深度が増すにつれて温度が上昇し、海底下約1.5km付近から生体高分子の損傷率が急速に高くなる傾向が認められると同時に、極度に細胞数が低下していることが示されました(図6)。海底下生命圏において、堆積物中に埋もれた微生物が生息あるいは生体高分子の損傷を修復しながら存続していくためには、細胞内の酵素を機能させるための水やエネルギー基質の持続的な供給が不可欠です。また、温度が高い海底下深部の堆積物環境に適応した新しい微生物群集(例えば、好熱性のバクテリアなど)が繁茂せず、堆積当時の陸源性の微生物生態系の一部が保持されていたことから、下北八戸沖の石炭層を含む深部堆積環境は、微生物生態系を支えるために必要な水やエネルギー基質の持続的な供給が限られているだけではなく、外部からの環境適応可能な微生物種の混入が閉ざされた環境であることが推察されます。これは、陸域や海底下を含むあらゆる地球内部環境において、たとえ生命生息のためのいくつかの環境条件がそろっていても、必ずしもそこに生命が繁茂・存続できるわけではないことを示しています。
今後の展望
本研究では、「ちきゅう」のライザー掘削を用いて、世界で初めて海底下深部の60℃までの堆積物環境で生命圏の限界域を捉えることに成功しました。現在、高知県室戸沖の南海トラフ沈み込み帯において、4℃付近の海底面から100℃以上までの温度勾配があるエリアを「ちきゅう」を用いて掘削し、温度上昇によって高まる生命機能維持のためのエネルギー要求性と、地下深部からの流体・エネルギー供給のバランスにより規定される生命圏の限界を追究するIODP掘削調査プロジェクトを計画しており、今後さらなる海底下生命圏の実態解明が期待されます。また、本研究では、石炭層の熟成プロセスとそれに伴う天然ガスの生成プロセスに、堆積当時から保持される「海底下の森」の微生物生態系が寄与していることが明らかとなりました。それらの時代や環境を反映する微生物は「究極のバイオマーカー」である可能性があり、今後、地球科学と生命科学を融合した最先端分析科学の進展によって、海底下生命圏における環境適応や進化プロセス、長期生存戦略といった多くの科学的疑問の解明が期待されます。
雑誌名:Science (http://www.sciencemag.org/content/349/6246/420)
論文タイトル:Exploring deep microbial life in coal-bearing sediments down to ~2.5km below the ocean floor.
著者:稲垣史生,* Kai-Uwe Hinrichs,* 久保雄介, Marshall W. Bowles, Verena B. Heuer, Wei-Li Hong, 星野辰彦, 井尻暁, 井町寛之, 伊藤元雄, 金子雅紀, Mark A. Lever, Yu-Shih Lin, Barbara A. Methé, 森田澄人, 諸野祐樹, 谷川亘, Monika Bihan, Stephen A. Bowden, Marcus Elvert, Clemens Glombitza, Doris Gross, Guy J. Harrington, 堀知行, Kelvin Li, David Limmer, Chang-Hong Liu, 村山雅史, 大河内直彦, 小野周平, Young-Soo Park, Stephen C. Phillips, Xavier Prieto-Mollar, Marcella Purkey, Natascha Riedinger, 真田好典, Justine Sauvage, Glen Snyder, Rita Susilawati, 高野淑識, 田角栄二, 寺田武志, 戸丸仁, Elizabeth Trembath-Reichert, David T. Wang, 山田泰広(*責任著者)
図1. 「下北沖石炭層生命圏掘削」プロジェクトの概念図。
図2. IODPサイトC0020から採取された堆積物コアサンプルに含まれる微生物細胞数。(A) 深度をリニア軸に微生物細胞数をプロットしたプロファイル。(B)深度を対数軸に微生物細胞数をプロットしたプロファイル。同サイトの海底表層から365mまでの海洋性堆積物のコアサンプルは、2006年に実施された「ちきゅう」の慣熟航海CK06-06によって採取された。IODP第337次研究航海によって海底下深部から採取されたライザー掘削のコアサンプルに含まれる細胞数は、イメージ分析による直接細胞計数の値に加えて、堆積物サンプルと掘削泥水や実験室内の空気・試薬などの汚染の可能性のあるサンプルから検出されたバクテリアの16S rRNA遺伝子について網羅的に遺伝子解読を行い、その統計学的分析や系統学的分析により現場固有の推定微生物細胞数を試算した。IODPサイトC0020の堆積物に含まれる微生物細胞の量は、世界各地の大陸沿岸の海底堆積物に生息する微生物細胞の世界平均に比べると、海底表層から海底下365mまでの浅部堆積物には世界平均を上回る高濃度の微生物細胞が存在する一方、海底下約1.2〜2.5kmの深部堆積物では細胞数が大幅に世界平均を下まわっており、海底下生命圏の限界域に到達したことを示唆している。
図3. IODPサイトC0020のガス成分組成と同位体組成の深度プロファイル。(A)メタンの炭素・水素同位体組成とクランプト同位体(13CH3D)によるメタン生成温度の推定分析に用いた地層流体サンプルのメタンの炭素・水素同位体組成。(B)マッドガス成分の化学組成(C1/C2比)と堆積物コアサンプルに含まれるCO2の炭素同位体組成。海底下約2.5kmの大深度においてもなお、石炭などの有機物を栄養源とする微生物生態系の最終分解プロセスとして、現場に生息するメタン菌のCO2還元によるメタン生産が起きていることを示している。
図4. 海底下約2kmの石炭層のコアサンプルから、下降流懸垂型スポンジリアクターを用いて培養された世界最深部の海底下微生物群集の走査型電子顕微鏡写真。石炭に膨大な数の微生物が付着し増殖している様子がわかる。右下のスケールは5㎛を示す。(写真提供:井町寛之 海洋研究開発機構)
図5. 下北八戸沖の掘削サイトC0020の海底堆積物に生息すると推察されるバクテリアの多様性解析。(A)各深度の堆積物サンプルから検出された固有のバクテリアの16S rRNA遺伝子に基づく系統分類学的多様性を示すプロファイル。(B)(A)で用いた16S rRNA遺伝子に基づく微生物群集構造のクラスター解析と非相同性解析。(C)“浅部堆積物”(0-365m)と“深部堆積物”(1.2-2.5km)の微生物群集組成の違い。海底下数百mまでの海洋性堆積物のコアサンプル(“浅部堆積物”)には、有機物に富む大陸沿岸の堆積物に一般的に検出される微生物種(例えば、クロロフレキシ門やアトリバクテリア門などに属するバクテリア)が優占しているのに対して、石炭層を含む浅海〜湿地・湖沼性の“深部堆積物”のコアサンプルには海洋性堆積物に生息するバクテリアがほとんど検出されず、塩濃度の低い陸域の森林土壌などに広く分布する微生物種(例えば、アクチノバクテリア門、プロテオバクテリア門、ファーミキューテス門やアッシドバクテリア門などに属するバクテリア)が優占的に検出され、浅部堆積物の微生物群集とは明らかに異なる固有の微生物が生息していることがわかる。
図6. 下北八戸沖の掘削サイトC0020の温度条件における代表的な生体高分子の損傷率と堆積物コアサンプルに含まれる微生物細胞数を示すプロファイル。堆積物の深さが増すにつれて温度と生体高分子の損傷率が高くなる。微生物が生存するには、生体高分子の損傷を修復して生命機能を維持するための水とエネルギーの持続的な供給が必要であるが、それが水理地質構造などの条件により満たされない場合には、堆積物中に生存できる微生物の量が急激に低下することが推察される。
海洋研究開発機構プレスリリース:
http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20150724/
「下北八戸沖石炭層生命圏掘削」特設サイト:
http://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/exp337/index.html
Deep Carbon Observatoryプレスリリース
https://deepcarbon.net/feature/exploring-limits-life-deep-biosphere#.VbHUC3jfii8