2015年微生物生態学会研究奨励賞:受賞理由(吉澤晋氏)
吉澤晋氏
東京大学大気海洋研究所、地球表層圏変動研究センター講師
吉澤氏は東京大学海洋研究所(現、大気海洋研究所)にて発光細菌に関する学位論文をまとめた後、同所およびMITにて海洋微生物の新たな光エネルギー利用機構である微生物型ロドプシンに関する研究を行ってきた。ロドプシンとはレチナール色素をクロモフォアとして持つ7回膜貫通型の光受容タンパクで、光センサーあるいは光駆動型のイオンポンプが知られる。後者の場合、光を受容することで細胞内から外にプロトンを排出し、内向きのプロトン駆動力を形成してATP合成を行う。2000年にメタゲノムを通じて発見されたプロテオロドプシン(PR)はこの例にあたり、その後の遺伝子解析を通じて海洋表層の海洋細菌の半分以上がPR遺伝子を持つと推定されてきたことから、PRを通して海洋細菌が受け取る太陽光エネルギー量の見積りがその生態的な役割を明らかにする上で喫緊の課題となっていた。吉澤氏は培養条件やPR遺伝子の検出法の検討を行い、PR遺伝子を持つ海洋細菌の100株以上の分離培養に成功し、それらの株を用いて、光照射下でのプロトン排出活性の実測に成功した。これによって、PRを通じて海洋生態系に流れ込む光エネルギー量の定量的推定を初めて可能にした。さらに、遺伝子解析技術を用いて様々な細菌群が持つPR遺伝子の解析を進め、これに生化学的あるいはエネルギー論的な知見を加えてナトリウムの排出および塩化物イオンの取り込みを行う新しいロドプシンの存在を明らかにした。これらの成果はいずれも真正細菌では先行例のない独創性の高いものであり、近年Nature, Nature Communication, PNASなどに相次いで発表された。
吉澤氏のロドプシンに関する一連の研究は微生物型ロドプシンの進化的背景や生態学的役割に根本から再考を迫るものであるのみならず、生物物理学、構造生物学、さらにはオプトジェネティクスなどの生命工学分野の研究者からも注目を集めている。このように吉澤氏の研究は微生物生態学の研究課題をさらに大きな研究領域へと発展させるものであり、高く評価されるとともに今後の学際的な展開が期待される。一方、吉澤氏は学会の若手会あるいはKTJシンポジウムなどで積極的な役割を果たし、若い研究者のまとめ役としての役割も果たしてきた。
こうした微生物生態学への科学的貢献、学会への貢献、研究者としての将来性を総合的に考慮し、吉澤氏に奨励賞を送る授与することが相応しいとの結論を得た。