微生態和文誌29巻2号 ハイライト

総説

空間行動から読み解く海洋微生物の種分化プロセス  八幡 穣

遊泳性・走化性・表面付着・バイオフィルム形成などの能力で、微生物は環境中を移動したり好ましい場所にとどまったりすることができる。こうした行動を「空間行動」と呼ぶことにしよう。微小な微生物の空間行動は微弱であり、共存や種分化といった進化的に重要な現象を駆動することは無い―とする考えがこれまでは主流だった。筆者らはこれをくつがえし、新しい技術を用いて微生物の空間行動を直接観察することで、空間行動が微生物の進化的生態(共生・種分化)の重要な要素であることを解明した。筆者らは、空間行動の分化が“競争力と移動力のトレードオフ (Competition-colonization tradeoff)”を創りだすことにより、種分化直後のV. cyclitrophicusの系統間での共存が達成されることを明らかにした。“競争力と移動力のトレードオフ”とは、近縁種の共存を空間行動の違いから説明する理論であり、動植物の行動生態学における基本的な原理の一つだ。こうしたマクロスケールの生態学で発展した動植物の共存を説明するための原理が、マイクロスケールの微生物にも適応できるとはこれまで考えられてこなかった。この発見を可能にしたのは、微生物の空間行動を直接観察するための新しい技術(マイクロ流体デバイス)である。こうした新技術と行動生態学のアイデア、そして集団ゲノミクスと分子生物学を融合させた研究結果から得られたモデルは、海洋細菌の種分化メカニズムがこれまで考えられていたものよりはるかにシンプルであることを示唆している。

 

細胞外電子伝達:固体を呼吸基質とする微生物たち  加藤 創一郎

すべての生物は生命を維持するため、さらには子孫を増やすために、エネルギーを獲得し続けなくてはならない。生物がエネルギーを得るための手段には、呼吸、光合成、発酵の3種類が存在する。いずれの場合も、根幹にあるのは物質の酸化還元とそれに伴う電子移動反応である。通常の生物は可溶性あるいはガス状の物質を細胞の外部から内部へ取り込み、細胞内でその酸化還元反応をおこなう。しかしある特殊な微生物は、不溶性・固体状の物質から電子を得る、あるいは電子を捨てることでエネルギーを獲得している。他の生物が利用できない固体物質をエネルギー代謝に利用できることは、その生物に対し生態的、進化的なアドバンテージを与える。一方で固体物質を利用するためには、ある特殊な分子機構を備えている必要がある。その特殊な分子機構こそ、本総説にて解説する「細胞外電子伝達」である。本総説では、微生物の細胞外電子伝達について、そのメカニズムと応用利用の可能性について解説する。

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