受賞理由
丸山氏は、大阪大学大学院薬学研究科博士後期課程を修了(薬学博士取得)した後、大阪大学大学院薬学研究科特別研究員、鳥取大学農学部プロジェクト研究員、東京大学医科学研究科特任研究員、東京工業大学大学院生命理工学研究科助教、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科准教授を経て現職に至っている。このように、丸山氏はこれまで薬学、農学、理学、医学、歯学の幅広い分野の研究室に所属するなかで、多面的見地からの微生物生態学の研究を展開してきた。すなわち、自然環境中の細菌群集の遺伝子伝播、病原細菌のゲノム構造と遺伝子発現、環境微生物群集のメタゲノムからみた機能と遺伝子動態、環境微生物アンプリコン解析における技法の改善、ヒト微生物環境の恒常性維持と破綻機構などの課題について積極的に取り組み、優れた研究業績を残している。これらのなかで、微生物生態学では常識である「環境微生物の大部分は培養が困難」という概念を先駆的に医学細菌学に取り入れ、歯周病に関連する微生物生態研究に大きな成果を上げたことは特筆すべきことである。歯周病環境では、”red complex”とよばれるジンジバリス菌(Porphyromonas gingivalis)を含む3種の細菌が常在しているが、その共存理由は明らかでなかった。丸山氏は、歯周病に関わる細菌種の比較ゲノム解析やマイクロバイオーム解析を行ない、これらの情報と臨床メタデータとの重相関分析を通じて、ゲノム構造、CRISPRを含む防御因子、遺伝子変異率の進化戦略などが種によって異なることを見いだし、3種が共存することではじめて機能相補されることを明らかにした(ISME J. 9:629 [2015])。また、インプラント周囲炎においては”red complex”とは異なり、Prevotella nigrescensがその進行に重要な役割を果たしていることを明らかにした(Sci. Rep. 4:6602 [2014])。これらの研究成果は、難治性複合感染症治療法の開発に向けた基盤ともなりえる重要な情報であり、医科微生物生態学という新たな分野を開花させるものである。
学会関連活動としては、M&E誌associate editorを務めているほか、本学会と日本細菌学会総会のシンポジウム調整委員として共催シンポジウム企画に貢献し、細菌学若手コロッセウムの世話人として本学会の学生会員に発表の場を提供している。また、文部科学省のスーパーグローバルハイスクール運営指導員として高校生の理系教育についても力を注いでいる。さらには、ラ・フロンテラ大学(チリ)の客員教授として、国際的な教育研究にも貢献している。
以上のような微生物生態学への学術的貢献、学会への貢献、研究者としての将来性を総合的に考慮し、選考委員は全会一致で丸山史人氏を第二回(2016年度)日本微生物生態学会奨励賞受賞者に相応しいという結論に至った。
受賞者の声
One side gone, other side born
丸山 史人
はじめに、これまで研究を指導してくださった先生方、共同研究者の皆様、一緒に研究を進めてきた学生、そして本賞へ推薦してくださった先生、選考委員の先生方をはじめ学会関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。
本学会は、はじめて入会した学会かつ、大学4年生のときに初めて発表した学会です。それ以来15年間以上本学会に所属しています。私は現在、京都大学 大学院医学研究科に所属していますが、この間、教養、薬学、農学、理学、歯学、医学と幅広い分野の研究科、附置研究所7箇所の異動を経験しています。しかし、研究を初めて以来、一貫して「微生物生態学」に取組んできました。所属する研究科によって、対象とする微生物は、病原細菌から有用細菌、単一種から細菌集団、と大きく変わり、対象とする環境も温泉からヒトまで多岐に渡っています。ここまで多様な対象に抵抗なく取り組むことができたのは、本学会で多様な研究を見聞きし、環境がヒトであってもそこに生息する微生物にとって「自然環境」であるという微生物生態学の姿勢を持つことができたためです。また、現在の医学病原細菌学研究においても、「悪玉」菌と決めているのは人間であり、それらの菌はあくまで自然環境に生息する細菌に過ぎないという考えで取り組んでいます。私の受賞対象研究は、まさに微生物生態学の常識の考えと手法を医学細菌学に応用した研究です。微生物生態学と医学細菌学は分野が違うと考えている方が多いのですが、それは、微生物生態学では常識の『生きているが培養できない細菌と細菌間相互作用』の存在にあると考えられます。少しずつコッホの原則の束縛から抜けだしてきているとはいえ、未だにこれら微生物生態学の常識は医科細菌学では、ほとんど考慮されていません。
本学会で、多様な環境の多様な微生物の生態に関する知識を学び、多くの学問分野、所属先を実際に経験することは楽しく喜びが多いのですが、良くないこともあります。つまり、新しいことを発見し、成果をまとめることには時間が必要だということです。また、世間的には異分野を経験することを推進されていますが、実際にそうすると何を主目的に研究しているのかわからないというような見方をされることもあります。そこで必要となるのが、実験材料や環境に囚われない「哲学」を持つことだと思います。
最後に、標題についてです。最近、この言葉を目にしました。英語的に正しいかはわからなかったのですが、その背景と使い方が心にしみました。その意味は、世界のどこで何を対象としても、全てを失ってでも全身全霊で取り組みたいことに取り組み、その結果、新しい概念、世界が生まれたら本懐である、ということです。今回の受賞を糧に、このような姿勢で、今後も研究に励んでいく所存です。この学会で培った「哲学」を大切にして、研究を発展させていきたいと考えておりますので、今後ともご指導ご鞭撻のほどどうぞよろしくお願いいたします。