受賞理由
菊池氏は、茨城大学大学院理工学研究科博士後期課程を修了(理学博士取得)した後、日本学術振興会特別研究員(産業技術綜合研究所)、米国コネチカット州立大学留学、産業技術総合研究所(産総研)博士研究員を経て、現職に至っている。特別研究員時代から、一貫して農作物の害虫における共生微生物を対象として、とくに宿主内での共生微生物のはたらきや内部共生系構築のメカニズムに関する精力的かつ先鋭的な研究を行なってきた。最近では、土壌微生物群集と昆虫内部共生系の関係についても研究を広げており、まさに微生物生態学と昆虫学との融合を図るような研究を展開している。カメムシを含む農業害虫昆虫の腸管内に微生物が生息することは20世紀初頭から確認されていたが、本格的な微生物学的研究が実施されるようになったのは同世紀後半からであり、長年散在的・萌芽的研究段階にあった。菊池氏は、この分野に最新の分子技法を駆使した研究アプローチを取り入れ、カメムシにおける共生細菌の獲得機構、カメムシ類に共生するウォルバキア(Wolbachia)属細菌やバークホルデリア(Burkholderia)属細菌の生息と普遍性、ツノカメムシ類と腸内共生細菌における宿主との共進化とゲノム縮小進化などに関する発見・解明を次々と行なってきた。特筆すべき成果は、共生細菌がその宿主であるカメムシに農薬抵抗性を賦与するという現象の発見であり(PNAS 109:8618 [2012])、直近では、カメムシ類が餌とともに取り込まれた雑多な細菌の中から特定の共生細菌だけを選別して共生器官に取り込むことを明らかにしている(PNAS 112: E5179 [2015])。これは、カメムシ類が共通して持つ共生細菌獲得に関わる特異な仕組みを初めて明らかにした共生の進化を考える上で重要な研究成果であり、日本微生物生態学会のホームページ上においても学会員による注目論文の一つとして紹介された。また、その優れた研究業績は国内外のメディアにおいても大きく取り上げられており、平成25年度の文部科学大臣表彰若手科学者賞の授与にも繋がっている。
学会関連では、日本微生物生態学会のほか、日本応用動物昆虫学会、日本進化学会などの会員として活発な活動を行っており、本学会関連のKJT Symposiumでのコンビーナーとしての実績も残している。また、産総研の主任研究員という傍ら、北海道大学大学院農学院応用生物科学専攻の客員准教授として精力的に学生の指導にもあたっている。
以上のような微生物生態学への学術的貢献、学会への貢献、研究者としての将来性を総合的に考慮し、選考委員は全会一致で菊池義智氏を第二回(2016年度)日本微生物生態学会奨励賞受賞者に相応しいという結論に至った。
受賞者の声
微生態との出会い
菊池 義智
この度はこのような名誉ある賞をいただき、選考委員の先生方をはじめ関係者の皆様、ご推薦いただいた農業環境技術研究所の早津先生に厚く御礼申し上げます。また、これまでの研究遂行にあたって様々な面でサポートいただいた産業技術総合研究所の深津先生および鎌形先生、そしてここには書ききれない多くの共同研究者の皆様に深く感謝いたします。今後もさらに良質の成果を出せるよう、よりいっそう身を引き締めて研究に打ち込んで行きたいと思います。
私が初めて微生物生態学会に参加したのは今から8年前になります。忘れもしない2008年札幌大会。ポスドク3年目の冬です。学部生の頃から昆虫の共生微生物を研究していましたが、思えば参加するのはいつも昆虫の学会ばかりで、微生物系の学会や研究会にはほとんど足を運んでいませんでした。そんな私が微生態に入ったきっかけは、研究の過程で思いもよらない発見をしたからです。昆虫の共生微生物は母から子へ連綿と伝達され、宿主の体内環境に適応しているために「どう頑張っても培養できない」というのがそれまでの常識でした。しかし私が行ったカメムシ類の広範な調査から、大豆の害虫であるホソヘリカメムシが共生微生物を母子間伝達せずに毎世代環境土壌中から獲得し、しかもその共生微生物が容易に培養可能であることが分かってきたのです。
培養できない共生微生物を扱っていた当時の私にとって、“微生物”とはPCR産物の泳動像や塩基配列でかろうじて認識できて、FISHをするとちょっと形が分かる程度の、まるで実体のない幽霊のような存在でした。それが培養可能になったとたん、具体的な姿形を持って目の前に立ち現れたのです。ホソヘリカメムシの腸内でうごめく彼らの姿を見て、生えてきたコロニーを見て、初めのうちは正直どうアプローチしたものかと戸惑いました。しかし何度も植え継いでお世話をしているうちに、いつのまにか「微生物のことをもっと知りたい!」と思うようになっていました。彼らの生きざまを知れば、“共生”という複雑極まりない現象をひも解く鍵が見つかるかもしれない、そう直感したのです。
そして2008年札幌大会。初めての微生態は私にとって忘れられない思い出となりました。顔見知りもろくにいない初参加の学会にもかかわらず、なんとポスター賞をいただいたのです。それまで学会で賞をもらったことがなかった私は、驚きと感動で心がふるえました。迷いの多いポスドク時代にいただいたその賞は、今でも私を励まし、立ち向かう勇気を与えてくれます。今回新たに奨励賞をいただき、あの瞬間に戻ったような、そんな錯覚をおぼえています。これからも微生物生態学にどっぷりはまって、微生物とじっくり向き合う時間をもっともっと大切にして行きたいと思います。