論文賞選考委員会によるM&E 論文賞と候補論文の講評
2015年度 M&E論文賞と優秀論文の選考と講評
【はじめに】
我々のような理系人にとって「芥川賞」というのは、最近は世間受けを狙いすぎているという批判はあるものの、純文学的な小説に与えられる日本では最も有名で「権威ある」賞と言っても良いでしょう。第153回芥川賞は羽田圭介「スクラップ・アンド・ビルド」と又吉直樹「火花」が受賞しました。受賞作家や受賞作がいろんなメディアで取り上げられるのに対して、受賞に漏れた作品がどういう小説で、どういう評判を受けていたかなんていうことは、私たちはあまり知りません。
が、文藝春秋のような文芸誌では、芥川賞の選考委員会の選考過程や講評などを特集していたりしますし、もっとなじみのある集英社とか講談社の漫画賞も最優秀賞や佳作についての選考委員の意見や講評が、少年ジャンプやマガジンのような週刊誌でまとめられていたりします。
「芥川賞がやるのだったら、M&E論文賞やその選考委員会でもやればいいじゃない(マリー・アントワネット風に)?」
という選考委員長の気まぐれにより、M&E論文賞と優秀論文の選考顛末と講評を日本微生物生態学会ホームページでやっちゃうことにしました。もちろんこれは2015年度M&E論文賞選考員会だけの暴走かもしれませんし、来年度以降は「そんなん、最初からいらんかったや!」と、記憶の片隅から消されている可能性も大いにあります。
とはいえ、研究者たるもの、そのキャリアや重ねた年輪を問わず、自分の書いた論文が見ず知らずの研究者(っていうか一応その筋では名の通った専門家やエライ人)がどういう風に読んでどうかんじているんだろう?とか、アノ部分には自信があったけどその部分は評価されているんだろうか?とか、絶対興味あるはずです。
もっと単純に言えば、自分の書いた論文が公の場で褒められたら、めちゃくちゃ嬉しいですよね。私自身、(事実だけど自慢っぽく聞こえちゃうのは許せ)「論文生産マシーン」とかかつての指導教官(誰とは言わないwww)にやや軽く揶揄されつつも主著共著併せて200報を超える研究論文を量産してきましたけど、それでもやはり自分の論文が一つでも褒められたらとても嬉しいですし、ましてやピヨピヨのひよっこ研究者が初めて名前の載った論文とか初めて自分が主著者になった論文が同業のプロに褒められた日にはそれだけで「ワイは研究者になるべくして生まれてきた男(女)!」と勘違いするほど嬉しく感じるのではないでしょうか。
そんなちょっとした勘違いでもいいので、一人でも多くの研究者や学生さんに「またイイ論文を書いて、M&Eに投稿しよう、そうしよう!」と思ってもらえたらいいなという気持ちで、この記事を投稿します。
(ボソッ、ゲンコーリョークレヤ)
論文賞選考委員一同:高井研(選考委員長)、黒川顕、野尻秀昭、曵地康史、花田智、鈴木聡、豊田剛己
【論文賞受賞論文ならびに著者、その講評】
Low Nitrogen Fertilization Adapts Rice Root Microbiome to Low Nutrient Environment by Changing Biogeochemical Functions
著者) Seishi Ikeda, Kazuhiro Sasaki, Takashi Okubo, Akifumu Yamashita, Kimihiro Terasawa, Zhihua Bao, Dongyan Liu, Takeshi Watanabe, Jun Murase, Susumu Asakawa, Shima Eda, Hisayuki Mitsui, Tadashi Sato & Kiwamu Minamisawa. 29: 50-59.
各選考委員より論文賞に推薦する論文を、1位、2位、3位と言う形でプライオリティーを明確な形にして推薦プレゼンを行い、質疑応答、見解の共有化を行った。当初、この1次選考で候補を3-8報に絞り、再度の精読を通じて最終的に委員間の投票により、論文賞1報を選択する予定であったが、1次選考過程において7名の委員の内、3名が圧倒的な評価で本論文を1位として推薦し、他1名が僅差の1位として推薦した。また他1名は2位として推薦した。
本論文が「M&E」という前提を必要としない論文の完成度についての評価軸であったのに対して、他の候補論文は「M&E的に」とか、「M&E読者には」という枕詞が付加される評価軸であり、好意的な意見の中にもいくつか残念な点が指摘されるものが多く、一次選考における議論を通じて、本論文を2015年度M&E論文賞として決定する共通意思が選考委員会で醸成され、選考委員会開始早々に論文賞が決定した。
本論文が2015年度M&E論文賞としてふさわしい理由として、以下の理由が挙げられる。
「いくつもの実験系を合わせた総合的かつ包括的な研究」
稲を窒素肥料の添加量を変えて飼育して植物の生長を捉える農学的・作物育種学的アプローチ、若枝と根に対する16S rRNA geneクローン解析&tag seqeuncing、窒素肥料の添加量を変えた若枝と根に対するショットガンメタゲノムと機能遺伝子解析および13C-CH4トレーサー実験機能解析を組み合わせ、窒素肥料添加による根圏微生物生態系への構造と機能を包括的理解しようとした完成度の高い論文。
「基礎でもあり明確な応用&社会ゴールが設定されたテーマ」
農業への微生物コントロール(微生物革命)は世界的な盛り上がりを見せており、農業活動と地球温暖化や物質循環の関わりは重要な社会的な課題でもある。そのような背景のなかで、根圏微生物生態系は生物ー生物相互作用(共生)のもっとも熱い対象でありながら、その構造と機能をしっかり理解しようとする研究例は少ない。
「結果が極めて面白い」
根圏微生物生態系は生物ー生物相互作用、例えば当事者生物関係の樹立や促進・競合・阻害、を中心に捉えようとすることが多い。しかし本研究は窒素肥料抑制が根圏のメタン酸化(硫黄酸化)優占をもたらし、酸化的代謝や窒素固定を誘引すること、逆に窒素肥料負荷は根圏のメタン生成優占をもたらし、還元的代謝を誘引し窒素固定は抑制すること、を明らかにした。これは、窒素肥料の添加が生物ー生物相互作用以上に生物地球化学作用に影響を与えるという極めて面白い結果である。
「M&Eへのリスペクト」
本論文の著者には、単純に言えば、M&Eより遥かインパクトファクターの高い雑誌、あるいは名声を有する雑誌に受理される質と量を有する内容でありながら、敢えてM&Eの価値や質を向上させる意図や決意や覚悟のようなものを感じさせる。果たして口先だけで「M&Eの価値や質を良くしていきましょう」というキレイゴトを言いながらM&EよりISMEやAEM、EMを投稿先として優先する我々には、その決意や覚悟はあるのだろうか?我々は本論文の背景にある著者の意図や決意や覚悟をしっかりと心に刻み込む必要がある。
「既に多くの論文に引用されている客観的事実」
本論文はすでに多くのM&E論文や他の環境微生物学系雑誌に掲載された論文に引用されており、本論文の結果は、今後更なる引用を促進する質とインパクトがある。「引用回数による論文評価」はMost Cited Paperというような形での顕彰を行うことはM&E編集委員会の決定事項であり、本論文賞選考委員会ではその部分の評価を除外したにも関わらず、やはり「優れた論文は引用されるものである」という本質が証明される結果となった。
【惜しくも論文賞受賞ならなかった優秀論文ならびに著者、その講評】
Application of Locked Nucleic Acid (LNA) Oligonucleotide–PCR Clamping Technique to Selectively PCR Amplify the SSU rRNA Genes of Bacteria in Investigating the Plant-Associated Community Structures.
著者) Makoto Ikenaga & Masao Sakai. 29: 286-295.
鈴木聡および野尻秀昭の2名の選考委員が一位に推挙したのは本論文。日本微生物生態学会の重鎮・鈴木聡氏の熱い魂の叫びを聞け!
混合生態系では、真核生物DNAと原核生物DNAの量比から原核生物が隠れてしまう場合がある。またミトコンドリア、プラスチドの遺伝子は細菌遺伝子と競合してしまう。本論文では、LNAをプライマーに導入してPCRの特異性を上げる方法論を確立し、DGGEに使用して根圏から新規細菌の存在を示唆した。本論文は、LNAを生態系の微生物・宿主混在系解析に使用した初めての例であり、今後様々なフィールドの微生物生態学への発展性が期待できる点が評価された。多くの応用実例と定量PCRへの利用があるとさらによかった。いずれにせよ、このような発想や方向の独創性や独自性で勝負する論文や研究にこそ、M&Eの活きる道へのヒントが隠されているような気がする。
Identification of Pseudomonas fluorescens Chemotaxis Sensory Proteins for Malate, Succinate, and Fumarate, and Their Involvement in Root Colonization
著者) Shota Oku, Ayaka Komatsu, Yutaka Nakashimada, Takahisa Tajima & Junichi Kato. 29: 413-419.
実は選考委員会で最も発言時間が長かった策士・曵地康史委員が激賞する論文。
これまでに根への感染性を有する土壌に生息する共生細菌あるいは病原細菌がいかにして宿主植物の根へたどり着き、根へ感染するのかについて解明されたことはなく、細菌の走化性が関与していると推察されているに過ぎない。本研究では、 Pseudomonas fluorescensのトマトの根へのコロニー化に、L-malate、succinateおよびfumarateに対する走化性が関与するとともに、それらに対するMethyl-accepting chemotaxis proteins (MCPs)を同定した。これらの成果は、”ブラックボックスである土壌生息細菌の根への感染機構を解明する上で貴重な情報を提供している”と評価され、複数の選考委員がM&E論文賞に推薦した。授賞論文があまりに優れており、ほぼ満場一致で決定したため、残念ながら授賞には至らなかったものの、本論文の結果は、根での細菌のコロニー化解明の第一歩であり、近い将来本論文の結果を基に詳細なメカニズムが解明され、必ずM&E論文賞を授賞する日が来ると信じる。
The Tomato Wilt Fungus Fusarium oxysporum f. sp. lycopersici shares Common Ancestors with Nonpathogenic F. oxysporum isolated from Wild Tomatoes in the Peruvian Andes.
著者)Keigo Inami, Takeshi Kashiwa, Masato Kawabe , Akiko Onokubo-Okabe, Nobuko Ishikawa, Enrique Rodríguez Pérez, Takuo Hozumi, Liliana Aragón Caballero, Fatima Cáceres de Baldarrago, Mauricio Jiménez Roco, Khalid A. Madadi, Tobin L. Peever, Tohru Teraoka, Motoichiro Kodama, & Tsutomu Arie. 29: 200-210.
私、高井がしゃなりしゃなりとはんなりと推薦するユニークな論文。
本論文は世界的に重要農産物であるトマトとその緩やかな相互作用を有する子嚢菌類Fusarium oxysporumの病原性の獲得について、南米アンデスの原産地における野生種や人為的拡散の歴史を追跡した生物地理史に沿った世界的なサンプリングを基に、世界に広がる病原性Fusarium oxysporumの起源を解明しようとした極めて野心的かつ独創的な研究論文である。我々の生活に欠かせないトマトという農産物、そしてその生産に多大な影響を与える可能性のある病原性Fusarium oxysporumがいつ、どのように誕生し、どのように広まっていったかを知る科学的挑戦は、病原性の起源や農学的応用といった学術分野だけでなく、人類史や食文化といった社会的な関心を大きく惹き付ける「読んでワクワクする」研究であり、M&Eがそのような知的好奇心を揺さぶる研究を高く評価する独自の科学観に支えられた学術誌であることを喧伝する格好の研究論文と言える。本論文の着眼点や研究背景は抜群である。惜しむらくは、もう少し遺伝的な情報量を得る方法論的努力・実験量、得られたデータを解析する情報学的戦略、そして得られた関係性をトマトの世界的時空間伝播の歴史や人類史との関わりにまで踏み込んだ議論、まで含んだ長編作品であれば多くの読者がもっとワクワクできる「オンリーワン」研究論文となったのではないかと。M&Eはそのような「面白い」論文を大歓迎する。
Evaluation of Intraspecies Interactions in Biofilm Formation by Methylobacterium species Isolated from Pink-Pigmented Household Biofilms.
著者) Fang-Fang Xu, Tomohiro Morohoshi, Wen-Zhao Wang, Yuka Yamaguchi, Yan Liang & Tsukasa Ikeda. 29: 388-392.
黒川顕委員がお茶目な感じで絶賛する論文。黒川氏、可愛いよ!
某社TVCMにおいても「問題はお風呂のピンク汚れ」「落としても落としても落としてもすぐ生える」と取り上げられるなど、誰もが一度は目にしたことのある浴室のピンク汚れ。本論文では、住居などの水廻りに発生するこのピンク汚れの正体がバイオフィルムであることを明らかにするとともに、バイオフィルムを構成している細菌のフィルム形成能にも言及している。まず、宇都宮市内の住居浴室から採取したバイオフィルムは Methylobacterium 属菌が優占種であることを明らかにした。また、異なる2種の Methylobacterium 属菌の混合培養により、物理的に強固なバイオフィルムが形成されることから、特定の Methylobacterium 2種の株間相互作用が、よりロバストなバイオフィルム形成に貢献をしていることを示唆した。さらに、バイオフィルムの形成促進には、ある特定の Methylobacterium 属菌の細胞死による eDNA が鍵となっていることも示唆した。研究上の成果はおおよそ上記の通りであるが、本論文では Supplemental figure として、恐らくは著者らに関係するであろう著しくピンク汚れが進行した浴室の写真(house M と N)を掲載し、生活上の醜態を全世界に晒すという”暴挙”に出ている。しかしこの生々しい浴室写真は、現代アートを鑑賞するかのごとく読者に”深い共感””クオリア”を呼び起こすことに成功しており、それ故に、環境微生物学に対する社会的な関心を強く惹き付け、科学的好奇心を掻き立てることができる楽しい研究となっている。
Bacteria of the Candidate Phylum TM7 are Prevalent in Acidophilic Nitrifying Sequencing-Batch Reactors.
著者)Akiko Hanada, Takashi Kurogi, Nguyen Minh Giang, Takeshi Yamada, Yuki Kamimoto, Yoshiaki Kiso, & Akira Hiraishi. 29: 353-362.
ご存じ日本微生物生態学会の名物研究者花田智委員が熱い情念で褒めあげる。
選考委員長をして「一体いつの時代の論文やねん」と言わしめたコンベンショナルでトラディショナル、古式ゆかしい手法を大胆にフィーチャーした論文ではある。しかし「コンベンショナルを笑う者、コンベンショナルに泣く」との警句もあるとおり、この手の論文を笑うことは天も許さないし、オレ様も許さない。「酸性環境下での硝化プロセス」に注目したあたり、目の付け所が秀逸という他はない。そして、その特殊環境中でenigmatic candidate phylumであるTM7が優占していることを突き止めるのである。土壌、海底、温泉などの自然環境のみならずシロアリ腸内やヒトの消化器や口腔内にも広く存在しながらも、その生態学的な役割が完全には解明されていないTM7が、この様な酸性下硝化プロセスにおいても優先する理由は何か? その理由こそ明らかにされていないが、十分に読者の想像力をかき立てる論文となっており、そのことが私ばかりでなく複数の審査員の心を捉えたのであろう。
Isolation of Mutants of the Nitrogen-Fixing Actinomycete Frankia
著者)Kentaro Kakoi, Masatoshi Yamaura, Toshihito Kamiharai, Daiki Tamari, Mikiko Abe, Toshiki Uchiumi & Ken-Ichi Kucho. 29: 31-37.
豊田剛己委員のお茶目な一面が垣間見ることができる講評。豊田氏、可愛いよ!
私の一押し論文はこれ。理由は、知力・体力を駆使し、最新手法と古典的手法の両方を極めて有効に使い分け、微生物学の面白さを追求しているからである。この論文の面白さを理解するには、まずFrankiaというちょっと特殊な微生物のことを知らなければならない。この糸状性細菌は非マメ科の8科、23属、200種以上の植物に共生し窒素固定を行うという、農業上きわめて有用な性質を有する。多細胞生物で、シングルコロニーを獲得しても複数の遺伝子型からなることが多く、たとえ変異株が取れたとしてもそれらは劣性遺伝子であることが多いため、安定した変異株が取りづらいという難点がある。菌糸を断片化してから変異誘起剤処理し、その後、菌糸の先端を高効率で生長させ、5マイクロの孔隙をもつフィルターでろ過することで、少数の細胞のみからなら菌糸断片を獲得した。これにより、出来る限り少数の遺伝子型を有する細胞のみを得ることに成功した。変異株の取得には、酵母で用いられる方法(ウラシル栄養要求変異株のみが5-フルオロオロチン酸耐性を獲得するというポジティブセレクション)を活用して成功し、なんと変異の有無を全ゲノムシークエンスにより確認している。一方で、窒素固定能変異株の取得には、2400株をもスクリーニングし1株のみ見つけるという力業も見せている。Frankiaの分子遺伝学の確立に大きく寄与する論文で、将来のFrankiaの農業利用における光明を実感させる。