OA-38:深海底熱水活動域に生息する化学合成独立栄養細菌の集団遺伝学:遺伝的多様性と分布パターンの解明
1北海道大学大学院水産科学院, 2京都大学大学院農学研究科, 3海洋研究開発機構, 4理化学研究所, 5Woods Hole Oceanographic Institution, 6Ifremer
深海底熱水活動域には、噴出熱水中の還元的無機化合物をエネルギー源とした化学合成独立栄養細菌に立脚する化学合成生態系が育まれている。世界各地の熱水活動域に普遍的に優占するEpsilonproteobacteriaは非病原性であるが、本分類群には胃がんの原因となるHelicobacter pyloriも含まれる。H. pyloriは人類に蔓延する病原細菌であることから、集団遺伝学に基づき、人類移動の歴史を推定するような発展的知見が報告されている。しかしながら深海性Epsilonproteobacteriaを対象とした全球規模の分布様式や進化的知見は乏しい。
これまでに我々はEpsilonproteobacteria綱に属するSulfurimonas属を対象にMLSA法(ゲノムレベルで遺伝的多様性を捉えられる手法)を確立し、深海底熱水活動域に生息するSulfurimonas集団の遺伝的特徴の解明に取り組んできた。本研究では、新たに東太平洋海膨由来の分離株を加え、全球規模でSulfurimonas集団の遺伝的多様性や分布様式および進化の原動力を解き明かすことを目的とした。
沖縄トラフ、北部・南部マリアナトラフ、大西洋中央海嶺、インド洋中央海嶺、東太平洋海膨の熱水活動域から、チムニーや噴出熱水等の熱水性試料を採取し分離株を取得した。得られた分離株から16S rRNA遺伝子の塩基配列の相同性が高いものを選択し、各分離株について11個のタンパク質コード遺伝子の塩基配列を決定した。塩基配列情報に基づき、遺伝的多様性解析、系統学的解析および集団構造解析を行った。
11遺伝子座に基づく塩基配列のタイピングから、相同性の高い16S rRNA 遺伝子塩基配列を有するにもかかわらず、Sulfurimonasのほぼ全株が異なる配列タイプを有し、遺伝的多様性の高い集団であることが示された。その塩基配列をもとに作成した系統樹上で、分離源の海域を反映したクラスターが形成される傾向がみられた。このことから、コスモポリタン種であっても海域間での微生物交流は制限されていることが示唆された。本発表では、熱水環境微生物の進化プロセスや分散パターンの推定について、他系統群に属する環境微生物との比較を交えて議論したい。
keywords:集団遺伝学,深海底熱水活動域,Epsilonproteobacteria,生物地理学