日本原生生物学会共催シンポジウム S6

「原生生物の環境センシングと運動」
Protist Motility : sensing and responding to environmental signals

日時:10月25日(火) 10:10〜12:20
オーガナイザー:野田 悟子 (山梨大学)、矢吹 彬憲 (海洋研究開発機構)、島野 智之 (法政大学)
共催:日本原生生物学会
要 旨:微生物は外部環境における化学物質の濃度変化等の刺激を感知し、運動方向の変化などの細胞応答を行う。このような外部環境のセンシングやそれに伴う細胞応答は、生態学的にもバイオレメディエーション等の応用面においても重要な意味を持つ。刺激のセンシングや方向性のある走性応答は、不均一な環境中でランダムに運動するよりも栄養の確保や宿主への侵入という面で有利に働くと考えられる。細菌が持つ運動器官である鞭毛については、これまでに鞭毛形成に必要な遺伝子群や鞭毛装置の構造、鞭毛モーターの回転により細胞が遊泳する詳細な仕組みが明らかにされており、刺激に応答して鞭毛モーターの回転方向を変える走化性シグナル伝達経路は二成分制御系の例として教科書にも掲載されている。一方、真核生物の鞭毛構造や運動メカニズムは細菌とは異なり、鞭毛を使わない運動様式である滑走運動やアメーバ運動等の細菌細胞にはみられない多様な動きをする。このようなユニークな細胞運動は、様々な原生生物において観察されるが、運動機構とその制御機構には不明な点も多い。また、原生生物は栄養源までの最適経路の探索や、生息空間を記憶するという環境適応能力を持っていることも報告されている。  本シンポジウムでは、あらゆる生物に普遍的に観察される形質である「細胞運動」をキーワードとして、原生生物の複雑でダイナミックな運動機構や環境をセンシングして細胞応答を行う仕組み、それを応用した水環境のモニタリング装置の開発等について話題を提供していただく。


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S6-1
「細胞性粘菌の濃度勾配センシングと走化性運動」

講演時間: 10:10〜10:40
講演者:上田 昌宏 (大阪大学 / 理化学研究所)

要 旨:細胞の走化性応答は様々な生物で重要な役割を持っており、例えば、免疫系において感染や炎症が起こった際に白血球が集まってくる応答も走化性の例の一つである。真核生物の走化性の分子メカニズムは、細胞性粘菌Dictyostelium discoideumでもっともよく理解されている。粘菌細胞は野外ではバクテリアを食べて生きているが、周りに餌がなくなると自らcAMPを細胞外に分泌し、その濃度勾配に応答して互いに集まって多細胞体を形成する。その際、粘菌細胞はわずか数%程度の緩やかな濃度勾配を10万倍にも及ぶ広い濃度域にわたって走化性応答を示すことができる。誘引物質の濃度勾配センシングはGPCR型受容体とそれに共役した三量体Gタンパク質が担っているが、このような広範な濃度域にわたるセンシングのメカニズムはわかっていない。最近、我々は三量体Gタンパク質の制御因子としてGip1(G protein interacting protein 1)を同定し、Gip1が走化性の応答濃度レンジを拡張していることを見出した。gip1遺伝子の破壊株は、低濃度域では濃度勾配を認識できるが、高濃度域においてはその機能を失っており、走化性に異常を示した。また、Gip1はGタンパク質と結合し、Gタンパク質の一部を細胞質に留めていた。誘引物質刺激により受容体が活性化すると、Gタンパク質は細胞質から細胞膜へと移行し、それによって濃度勾配に沿った細胞膜上でのGタンパク質の再配置がおこった。これらの知見から、Gip1はGタンパク質の細胞質—細胞膜間シャトリング(shuttling)を制御することで、走化性シグナル伝達に必要なGタンパク質の細胞膜上での再配置や利用可能な量を調節していることが明らかとなった。このようなメカニズムによって真核生物の走化性でみられる広いダイナミックレンジでの濃度勾配認識が起こる。数理モデルによる濃度勾配センシングのメカニズムの理解も進んでおり、合わせて発表する予定である。
Kamimura, Y., Miyanaga, Y. and Ueda, M. (2016). “Heterotrimeric G protein shuttling via Gip1 extends the dynamic range of eukaryotic chemotaxis.”, PNAS 113: 4356-4361.


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S6-2
「多機能運動装置ハプトネマが示す新規微小管系屈曲運動のメカニズム」

講演時間: 10:40〜11:10
講演者:稲葉 一男 (筑波大学)

要 旨:ハプト藻は主に海洋に生息する微細藻類であり、海洋生態系においては珪藻とともに一次生産者として重要な役割を果たしている。しかし、真核生物全体におけるハプト藻の系統的位置は、未だにはっきりとは分かっていない。ハプト藻は、遊泳のための2本の鞭毛以外に、「ハプトネマ」と呼ばれる微小管系の運動装置をもつことで特徴づけられる。ハプトネマは、基質への付着と滑走運動、餌の付着、凝集、取り込み、機械刺激の受容と逃避反応など、実に多彩な機能をもつことが知られている。構造的には6-7本のシングレット微小管を小胞が囲む構造をとっており、その運動は鞭毛・繊毛と大きく異なる。ハプトネマの長さは種によって異なるが、我々が研究対象としているChrysochromulina属では長いものでは細胞の10倍にまで達するハプトネマを有する。ハプトネマが機械刺激を受けると、数ミリ秒以内という高速でコイル状に縮む「コイリング」が見られる。この現象はカルシウム依存的に起こることがわかっているが、微小管には分子モーター様の構造は見られず、微小管がいかに変化してコイリングが起こるのか、その機構はいまだ謎に包まれている。また、ハプト藻類がなぜハプトネマを獲得し進化してきたのか、明確な答えは得られていない。最近の研究で、酸性化の進行によりChrysochromulina属の増殖が阻害的な影響を受けることが明らかになっており、ハプトネマの生理機能やコイリングメカニズムの解明は、広く海洋生態系の解明に寄与すると我々は考えている。本講演では、ハプト藻を特徴づけるハプトネマの高速コイリングのメカニズムを明らかにする目的で、我々がChrysochromulina sp.を用いて明らかにしたいくつかの研究成果を紹介したい。まず、微小管脱重合阻害剤であるタキソールの存在下で弱い周期的な屈曲が形成されること、カルシウム依存的な高速コイリングが阻害されることを見出した。これは、コイリングに微小管のダイナミクスが関与していることを示している。さらに、電子顕微鏡による観察の結果、6-7本の微小管のらせん型配置と、微小管どうしをつなぎとめる繊維状構造を明らかにした。ハプトネマのプロテオミクス解析の結果も含め、現在までに得られている知見からハプトネマのコイリングメカニズムを考察したい。


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S6-3
「ケイソウの滑走運動機構」

講演時間: 11:20〜11:40
講演者:園部 誠司 (兵庫県立大学)

共同研究者:山岡 望海 (兵庫県立大学)
要 旨:ケイソウは不等毛植物に含まれる藻類で、珪酸質の被殻に覆われている。羽状目ケイソウの多くは活発な滑走運動を行い、その速度は2−30μm/秒である。被殻には縦溝と呼ばれるスリットがあり、ここから粘液物質が分泌されこれを足場として運動しており、粘液物質は細胞内のアクトミオシンで駆動されていると考えられているが、粘液物質とアクチンの存在は確認されているものの、その他については不明である。ケイソウミオシンを同定するために単細胞性のメガネケイソウ(Pleurosigma sp.)からミオシンの抽出を行った。殻をガラスビーズで分割し、3 M NaClで抽出したところ、ATP感受性の 130 kDaアクチン結合タンパク質が見出された。部分アミノ酸配列を決定したところ、全ゲノム配列が決定されているPhaeodactylum tricornutumのミオシンと高い相同性があった。また、モノクローナル抗体で蛍光抗体染色したところ、アクチンに沿った染色が見られた。これらのことから130 kDa アクチン結合タンパク質がケイソウミオシンであることが強く示唆された。イカダケイソウは群体性の羽状目ケイソウで、細胞が一層に積み重なった形態を持つ。群体内の細胞は隣接する細胞との間で活発な滑走運動を行う。電子顕微鏡で観察すると細胞間には粘液物質様のものが観察され、これによって細胞同士が接着していることがわかった。また、細胞内には2本1組になったアクチン繊維束が細胞の上下に存在しており、アクチンおよびミオシン阻害剤で運動が阻害されることから、運動の原動力発生にはアクトミオシン系が関与していると考えられた。細胞を懸濁して群体を解離させ、ポリスチレンビーズを添加したところビーズが縦溝に沿って往復運動するのが見られた。また、蛍光-concanavalin Aで染色したところ、縦溝に沿った帯状の染色が見られ、これが細胞の滑走に従って伸縮するのが見られた。一方、メガネケイソウでは滑走中にsucciny-wheat germ agglutinin結合物質が断続的に分泌されているのが見られたが、必ずしも滑走運動とは同期しておらず他の粘液物質が滑走運動に関わっていることが示唆された。これらの結果から、ケイソウの滑走運動は縦溝から分泌された粘液物質が細胞内のアクトミオシンで駆動されて起こっていると考えられた。


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S6-4
「テトラヒメナにおける空間形状への適応的遊泳」

講演時間: 11:40〜12:00
講演者:中垣 俊之 (北海道大学)

要 旨:1935年、ブラムシュテッドは、ゾウリムシの空間形状記憶について興味深い報告をした。ゾウリムシは、三角や四角形の狭小空間をしばらく遊泳した後に広い空間に出ると、経験した狭小空間形状に添った遊泳をするというものである。その後、いくつかの異なるグループが類似の実験を試みたが、否定的な結論もあれば、肯定的な結論もあった。観察結果の素朴な事例報告が多く、決着はついていないように思われる。今回我々は、この積年の検討に決着を付けるべく、ゾウリムシをテトラヒメナに変え、空間形状を球形に限定して、改めて追試した。ただし、球形空間の大きさを段階的に変え、十分な実験繰り返し数を確保して、統計的な検定を実施した。結論は、肯定的であった。広い空間に出たとき、およそ半数のテトラヒメナが円形軌道を描き、その直径は経験した狭小空間の直径に正比例した。一方、残りの半数程度のテトラヒメナは、経験した狭小空間の影響がはっきりと認められず、直線的な遊泳を示した。個体による差が、非常に大きく、今後検討すべき興味深い課題である。このような空間適応的遊泳が、どのようなしくみでもたらされるかについて単純化した模型(遊泳の運動方程式)を構成して、検討した。繊毛虫の行動は、百年前から繰り返し報告されているように、多彩である。それらは、繊毛打制御、すなわち膜電位動態へと帰着できる可能性がある。その意味において、繊毛虫の物理行動学なる方向性が期待できる。本発表は、國田樹博士(実験パートのリーダー)、手老篤史博士(模型パートのリーダー)らとの共著論文(I. Kunita, T. Yamaguchi, A. Tero, M. Akiyama, S. Kuroda, T. Nakagaki, A ciliate memorizes the geometry of a swimming arena, J. R. Soc. Interface (2016) VOl.13, 20160155; DOI: 10.1098/rsif.2016.0155)に基づいている。


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S6-5
「タイヨウチュウはどのように仲間とエサを見分けているのか?」

講演時間: 12:00〜12:20
講演者:洲崎 敏伸 (神戸大学)

要 旨:真核生物における自己・非自己の認識機構の進化的な原点は原生生物にある。すなわち、ほとんどの原生生物は、同種の原生生物を攻撃したり共食いしたりすることはないし、エサを正しく認識して捕食している。たとえばアメーバAmoeba proteusは同種のアメーバをエサとして共食いすることは絶対にない。これには、アメーバが分泌して細胞表面に付着する小型ペプチドが自己認識の標識分子として利用されていると考えられている。この仕組みは動物細胞のMHC分子を用いた自己・非自己の認識機構と類似している。また、太陽虫の一種Actinophrys solはエサの認識にβ-1,3グルカン結合タンパク質(βGBP)を利用している。このタンパク質は、細長く伸びる軸足という細胞質突起の中に存在する分泌性の小胞の中にふだんは格納されている。エサの候補である何らかの物体が軸足の表面に接触すると、軸足はその物質を軸足の表面に付着させたままで急速に短縮するとともに、βGBPを細胞外に放出する。エサの表面にグルカン分子が存在した場合には、グルカン分子にβGBPが結合し、その結果形成されたグルカン・βGBP複合体は、タイヨウチュウの細胞表面での仮足の形成を誘導し、最終的にエンドサイトーシスがひきおこされて捕食行動が完了する。このようなβGBPを介したエサの認識機構は、多細胞生物で広く知られているパターン認識受容体を用いた病原菌などの異物の認識機構と極めて類似しており、自然免疫応答の進化的起源であると考えることができる。太陽虫類の軸足は、エサの接触以外にも、多様な刺激に敏感に反応してその長さを変化させる。たとえば、様々な種類の水溶性毒物に対しても、太陽虫は軸足を短縮させる反応を示す。太陽虫類の一種であるRaphidiophrys contractilisは、普段は水底の一か所に定着してほとんど動かない。しかし、毒物を検知すると、体から伸びている多数の軸足を急速に縮め、丸くなる。その結果、水底への付着性がなくなり、水流に乗って流れ去る。その結果、有害な水環境から逃避できると考えられる。R. contractilisの各種毒性物質に対する反応性は、魚類(メダカ)や甲殻類(アルテミア)などと比較して100〜10,000倍鋭敏であり特に水銀などの重金属イオンに対して高い感度を示した。毒物を検知するのに必要な時間も約20分と短く、持ち運びできるほどの超小型(重量5kg)の水質モニタリング装置を作ることができたので紹介する。


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