日本細菌学会共催シンポジウム S5

「寄生と病原性から紐解く微生物進化のパラダイム」
Parasitism and pathogenesis: paradigms in microbe evolution

日時:10月25日(火) 10:10〜12:20
オーガナイザー:菊池 義智 (産業技術総合研究所)、山口 博之 (北海道大学)
共催:日本細菌学会
要 旨:1859年、ダーウィンが「種の起源」で提唱したように、生命の存続を脅かすような環境因子の存在は、生物進化の方向性を決定づけ、その生物が多様化する大きな原動力となってきた。生物間の鬩ぎ合いもそのような因子の一つであり、その包括的な理解は、生物多様性進化の絡繰りを探る上で極めて有益である。多くの寄生・病原性微生物は、宿主の免疫系をくぐり抜け、その体内に適応するために高度に特殊化した感染メカニズムを発達させている。それ故、それら寄生・病原性微生物は、”生物間相互作用(微生物と宿主の鬩ぎ合い)を通した生物進化”の絡繰りを紐解くための洗練されたモデルともいえる。そこで本企画では、1. タイレリア原虫の卓越した宿主細胞への寄生様式、2. 光学顕微鏡でも可視化できるアメーバの天敵巨大DNAウイルスの発見とその進化、3. レジオネラの感染細胞内における卓越した適応メカニズム、さらに4. ヘリコバクターとヒトとの共進化、といった微生物が魅せる4つの異なる生物間相互作用のお話を提供する。これらの話題を通して、微生物に見られる生物間相互作用の多彩なパラダイムを理解し、自由生活性から寄生、そして病原性への変貌を促す要因とそのメカニズムに迫る。さらにこれら微小生態系パラダイムから見えてくる生物多様性進化の絡繰りについても考えてみたい。本シンポジウムは、本学会と日本細菌学会との共同企画である。


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S5-1
「全ゲノム解析から見えてくるマダニ媒介性タイレリア原虫の動物血球細胞への卓越した寄生様式」

講演時間: 10:10〜10:40
講演者:林田 京子 (北海道大学)

共同研究者:横山 直明 (帯広畜産大学)、杉本 千尋 (北海道大学)
要 旨:タイレリア原虫は宿主動物・媒介節足動物と共に進化していく歴史の中で、多彩な生物学的特性を獲得してきた。あるものは動物内に穏やかに共生し、またあるものは動物に重篤な疾病をもたらしつつ、効率的に自己増殖を行う能力を獲得した。特に病原性タイレリアのもたらす宿主細胞の無限増殖、すなわち癌化という現象は巧みな自己増殖のための寄生戦略であり、生物学的にも珍しい特性で興味深い。このような原虫の寄生・共生・病原性の違いはどこから生まれるのか?我々はこの問いに答えるべく、本原虫の病原性をもたらす分子機序を理解することに加えて、大規模ゲノム解析からのアプローチで研究を進めてきたので、その知見を微生物の多彩な寄生進化の例としてここで紹介したい。
悪性タイレリアによる癌化には宿主細胞のNF κB経路の活性化や、MDM2の異常発現といった癌化シグナル伝達経路の関与があることが、我々を含む過去の一連の研究により示されてきた。しかし宿主細胞癌化の原因となる原虫分子と、その分子機構の全容は未だ明らかではない。これには、宿主と共存する道を選んだ良性タイレリアのゲノム情報が有力な手がかりとなると考えた。そこで、良性タイレリアの全ゲノム解析及びデータベースの整備に着手し、さらに感染実験系の構築により各発育期原虫の遺伝子発現解析も行った。今まで未知であったベクターステージにおける原虫遺伝子発現や、良性タイレリアが白血球よりも赤血球を棲み家として独自に進化してきた分子機構の一端が見えてきた。また、悪性タイレリアとの比較ゲノム解析からタイレリアゲノムのダイナミックかつ戦略的な構造変化が明らかとなった。特に、癌化機構に関与していると疑っている遺伝子群が悪性タイレリアにおいて遺伝子重複を起こしていたことは興味深い知見であった。
また、悪性タイレリアのアフリカ各国における野外分離株9株を全ゲノム解読した。精度の高い分子系統解析によって、本原虫種が過去にマダニ内で株間の遺伝子交雑を起こした痕跡を見出し、本原虫の起源が地理的にアフリカの限られた地域であったとする仮説を提唱した。悪性タイレリアのアフリカにおける大流行には、本来生物がなす穏やかな病原体—宿主の進化の過程に、人為的な家畜の普及というイベントが不運にも関与しているのかもしれない。今後はこれら得られた知見を、診断・治療・予防薬の開発、及び制圧戦略の立案に役立てて行きたい。


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S5-2
「アメーバに感染する巨大DNAウイルスから生命進化を読み解く」

講演時間: 10:40〜11:10
講演者:武村 政春 (東京理科大学)

共同研究者:三上 達也 (東京理科大学)、室野 晋吾 (東京理科大学)
要 旨:【背景・目的】2001年、大型DNAウイルスが細胞核の起源に関わったとする仮説が、TakemuraとBellにより発表された。2003年、アメーバに感染する巨大ウイルス(GV)APMVが発見され、それが細胞核と形態的類似性を持つウイルス工場を細胞質に形成することが明らかになると、この仮説は注目され始めた。やがてForterreらにより細胞核の起源とウイルス工場との関係に言及がなされるようになり、真核生物進化とGVとの関係が本格的に議論されるようになった。そこで我々は、GVと真核生物の進化的関係の解明を目的として、(1)B型DNA polymerase(pol)を用いた分子系統学的解析と(2)真核生物進化とのより緊密な接点を持つ新規GVの単離を目指した研究を行ってきた。
【成果1】4種類(α、δ、ε、ζ)の真核生物polのGV polとの近縁度はδが最も高く、ζ、α、εの順に低くなることがわかった。GVの仲間であるPoxviridaeのpolは、α、εと近縁度が高い傾向にあることもわかり、真核生物polはε→α→ζ→δの順に徐々に獲得されてきたことが示唆された。これらと近縁なpolをGVが持っている理由が、遺伝子水平移動によって真核生物から得たからか、GVが獲得したものが真核生物へと移動したからかは不明だが、GVの感染、増殖機構の解明が、GVと真核生物の進化的関係の解明に重要であることは示唆された。
【成果2】現在までに数種類の新規GVを単離した。荒川から単離したTokyovirusのゲノム解析により、これがMarseilleviridaeに属すること、欧州や豪州、アフリカから単離されたMarseilleviridaeとは異なる系統を持つことが明らかとなった。一方日本の淡水、海水から単離したOrigamivirusのゲノム解析により、これがMimiviridae subgroup Aに属することが明らかとなった。subgroup Aでは、欧州で単離されたAPMV、ブラジルで単離されたSambavirus、そしてOrigamivirusのゲノムが極めてよく似ていることから、subgroup Aの世界規模の地域的差異はほとんど存在しないと考えられた。このことは、subgroup Aの進化速度が極めて遅いか、地位的差異を帳消しにするウイルス粒子の大規模循環系の存在を意味していると考えている。
【展望】今後は、アメーバ以外の真核微生物を宿主とするGV研究も重要になってくるだろう。未知のGV単離の試みは、未知の微生物・ウイルス相互作用にメスを入れ、生命進化に対するGVの関わりの謎に満ちた部分を洗い出すことになるに違いない。


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S5-3
「レジオネラの分泌装置とエフェクターから紐解く感染細胞内での卓越した宿主細胞最適化機構」

講演時間: 11:20〜11:50
講演者:永井 宏樹 (大阪大学)

要 旨:レジオネラ(Legionella pneumophila)は、自然界の淡水・土壌環境中どこにでもいるありふれた細菌です。しかしながら、レジオネラに汚染された水滴(エアロゾルといいます)をヒトが吸入すると、肺の中で増殖し、治療をしなければ死に至るような重篤な肺炎を引きおこすことがあります(レジオネラ症)。レジオネラは自然界において自由生活性アメーバを自然宿主として、その中で増殖します。アカントアメーバ(Acanthamoeba)を始めする自由生活性アメーバもまた、自然界中どこにでもいるありふれた微生物です。レジオネラはこのような自由生活性アメーバとの相互作用の歴史の中で、アメーバ中で生存・増殖するためのメカニズムを獲得したと考えられます。レジオネラは研究室内で培養でき、遺伝子操作も容易です。20世紀の終わりまでに、病原性に必須なレジオネラ遺伝子の遺伝学的探索の結果、20-30のdot あるいはicmと名付けられた遺伝子群が同定されました。当初これらがなにをコードしているかは必ずしも明らかではなかったのですが、2000年に解明されたR64などのプラスミドの接合伝達系遺伝子群に近縁であることが判ってきました。現在では、プラスミド接合伝達系と起源をともにする生体高分子輸送系のことを総称してIV型分泌系(T4SS; the Type IV secretion system)と呼びます。さらにT4SSは、アグロバクテリウムのものに近縁な古典的なもの(IVA型分泌系; T4ASS)と、レジオネラのDot/Icm分泌系に近縁なもの(IVB型分泌系; T4BSS)に大別されます。驚くべきことに、レジオネラは宿主の如何によらず、Dot/Icm T4BSSを使って宿主真核細胞中に生存・増殖可能なニッチを構築します。レジオネラ目細菌群は、レジオネラ以外に人畜共通感染症Q熱の起因菌であるコクシエラや、植物害虫として知られているアブラムシの共生菌リケッチエラなどを含み、これらは全て細胞内寄生性の生活環を持ちます。系統解析の結果は、これらレジオネラ目細菌群の共通祖先がDot/Icm T4BSSを染色体上へ取り込み、以後垂直伝搬で維持されていることを示しています。現在、IV型分泌の研究は、構造生物学的知見がドライビングフォースとなり、急速に進展しつつあります私たちも、レジオネラのDot/Icm IVB型分泌系、およびそれに近縁なR64プラスミド接合伝達系に着目し、構造・機能解析を進めています。今回は、これまでに得られた成果を含めて議論したいと思います。


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S5-4
「ヘリコバクター・ピロリのヒトとの共進化から紐解く共生から病原性へのパラダイムシフト」

講演時間: 11:50〜12:20
講演者:山岡 吉生 (大分大学 / ベイラー医科大学)

要 旨:ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)がヒトの胃粘膜に炎症を引き起こし、消化性潰瘍の発症に深く関与すること、さらに胃癌の大部分がピロリ菌感染を基盤に発生することは、明らかである。しかし感染者のほとんどが胃癌にならずに一生を終え、また胃癌の発症率にかなりの地域差があるのも事実である。さらに、欧米の一部の国やアフリカ諸国ではピロリ菌感染率が高いにもかかわらず、胃癌の発症率は、東アジア諸国に比べかなり低い。さらに同じ東アジア内でも、南方にいくほど胃癌の発症率は低くなる。これらの理由を説明できる因子として、ピロリ菌の病原性の多様性が注目を浴びている。ピロリ菌は6万年以上前からヒトと共進化を行い、世界各国において異なる遺伝子型を形成し病原性も多様化してきた。ピロリ菌の遺伝子はヒトのそれに比べ突然変異率が高いので、特に短期間(数千年〜数万年)における詳細な変化を知ることができる。複数遺伝子の塩基配列からピロリ菌を分類する手法:MLST(Multilocus Sequence Typingや次世代シーケンサーによる全ゲノム解析により、徐々にピロリ菌とヒトの共進化の詳細が明らかとなり、単にピロリ菌がヒトとともに、アフリカを起源として、世界中をどのように移動してきたか、という人類学的な見地が明らかになってきたのみならず、移動の中で獲得した病原性についても明らかになりつつある。今回は、ピロリ菌とヒトとの共進化から紐解ける様々な事項について概説する。


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