シンポジウム S4

「ウイルスの存在意義を論じてみませんか?」
Would you like to discuss the raison d'être for viruses?

日時:10月24日(月) 12:40〜14:50
オーガナイザー:長崎 慶三 (高知大学)、緒方 博之 (京都大学)
要 旨:およそ生命の営みある場所にウイルスあり。一般的なイメージとして、ウイルスと宿主は敵対関係にあると捉えられがちであるが、実際はそうばかりでもない。感染→発症→死滅といった激しい現象も確かに存在するが、様々な環境下において、ウイルスと宿主の平和的な共存はごく普通に果たされているようである。  では何か?ウイルスの存在理由は何なのか?ウイルスはいかなる機能を持ち、いかなる役割を果たしているのか?宿主がウイルスとの共存を許容し続けるのはなぜか?進化の歴史は、なぜ両者の共存を認めてきたのか?  昨今の分子解析技術の飛躍的発展により、その謎を解くためのアプローチが、まさに今、始まろうとしている。  本シンポジウムでは、主に水圏環境下におけるウイルス-宿主間の多様な関係性を俯瞰し、ウイルスの存在意義について自由な討論を試みたい。様々な分野の皆様から(特に若い方々から)素敵なインスピレーションがもたらされるような、そんなシンポジウムになればと思う。


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S4-1
「水圏ウイルスハンティング今昔: 細胞死が狩りの合図だった時代」

講演時間: 12:40〜13:00
講演者:長崎 慶三 (高知大学)

要 旨:一般的に、ウイルスと宿主は敵対関係にあると捉えられがちである。演者が藻類ウイルス研究を始めたときもそうだった。赤潮がウイルスの攻撃により消滅するという現象をより厳密に証明すべく、赤潮の原因となるプランクトンを死滅させるウイルスを探した。何とかしてそのウイルス(正確にはウイルスとその宿主)を手に入れ、実験室内で飼うことを望んだ。試行錯誤の末にそれは叶い、様々な感染試験を実施することによっていくつかのウイルスの性状を明らかにすることができた。 言うまでもなく溶藻性のウイルスを生け捕るには宿主培養が必要である。その宿主藻体の死滅を引き起こすウイルスサイズの粒子を探索し、捕獲すること。まさにこの「細胞死を指標とした狩り」からウイルス研究はスタートしたものだ。世界各地でそうした努力が積み重ねられた結果、現在ではかなりの数のウイルス-宿主系が実験室内で飼育されるようになった。藻類宿主の範囲は緑藻・プラシノ藻・円石藻・珪藻・渦鞭毛藻・ラフィド藻など多岐に亘り、この事実は、あらゆる生物がウイルスの攻撃を受けるであろうという仮説を支持しているようにみえる。 だが近年、新たな技術の開発により状況は大きく転じつつある。Urayama et al.(2015)は、潮溜まりに生えた天然の珪藻細胞群の中に少なくとも20種類を超えるRNAウイルスが「宿主にこれといった異常を呈さないままに」共存しているということを報じた。すなわちここにきて、水圏中のウイルス対宿主の関係性は、当初想定されていたよりかなり「寛容」であるという可能性が示唆された。「感染→発症→死滅」といった激しい現象も確かに存在する。が、様々な環境下においてウイルスと宿主の平和的な共存がごく普通に果たされている可能性が、NGS技術等の目覚ましい発展に伴い徐々に明らかになりつつあるのである。 では何か?ウイルスの存在理由は何なのか?ウイルスはいかなる機能を持ち、いかなる役割を果たしているのか?宿主がウイルスとの共存を許容し続けるのはなぜか?進化の歴史は、なぜ両者の共存を認めてきたのか?こうした謎を解くためのアプローチが今まさに始まろうとしている。様々な分野の専門家あるいは若手の方々の熱烈な参画を強く期待する。


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S4-2
「アメーバウイルス研究がもたらしたインパクト」

講演時間: 13:00〜13:20
講演者:緒方 博之 (京都大学)

要 旨:ウイルスはその発見当初から生命と物質の境界にあった。19世紀後半、タバコモザイク病の研究から、「微生物はろ過装置で除去できる」との当時の微生物の定義に適合しない病原体が単離され、「ウイルス(毒液)」の呼称が定着した。分子生物学の黎明期、ウイルス研究は遺伝暗号の解明に寄与し、ゲノム時代にはサンガーらにより最初の完全ゲノム決定の標的となった(1977年、φX174、 5375塩基)。しかし、小型のウイルスはリボソーム程度の大きさであり、ウイルス=「非生命」の見方は広く定着し、ゲノム熱狂時代も1996年の最初の真正細菌ゲノム決定まで到来しなかった。
 近年、こうしたウイルス研究に変化がみられる。ウイルスが生命科学の直接の対象となり、ウイルスの生態系・生命進化における位置づけを議論できるようになってきた。こうした変化の要因の一つがアメーバ感染性のミミウイルスの発見である(2003年)。ミミウイルスは粒子径が0.75μm、光学顕微鏡で観察でき、粒子には100種類以上のタンパクが含まれ、全長118万塩基対のゲノムには遺伝子を1000個以上コードし、その半数以上は機能予測不能である。その複雑さと未知数はマイコプラズマなどの最小生命を凌駕し、第4のドメインを形成するとも言われている。アメーバウイルスの研究はその後も重要な発見をもたらした。ウイルスに感染するヴァイロファージ、スターゲートと呼ばれる特殊なDNA放出システム、2016年にはラウルトらにより、ミミウイルスがヴァイロファージに対する獲得免疫システムを保有するとの提案もなされた。同時に、多様な巨大ウイルスが次々と発見されている。
 我々は、転写系・複製修復系遺伝子に着目しミミウイルスなど巨大ウイルスの進化を追求してきた。ミミウイルスの系統は「第4のドメイン」との呼称に相応しく細胞性生物のドメインの起源までさかのぼると推定され、現存のゲノム多様性は原核生物の多様性を上回るとの認識に至っている。ウイルスはこれでも、生命と物質の境界にあるのか?ウイルスを直接の対象とする研究から何が分かるのか?T4ファージやHIV研究からは得られない新たな生物学が開けるのか?講演では、我々が行ってきた研究も含めて、巨大ウイルスの世界を概観し、ネオウイルス学創生へ向けて議論を喚起したい。


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S4-3
「宿主を殺さず共存するウイルスを網羅する時代へ」

講演時間: 13:20〜13:40
講演者:浦山 俊一 (海洋研究開発機構)

要 旨:我々が認知できる変化は非常に限られており、病気のような明確な“兆候”が観察されない場合でも、ウイルスはありとあらゆる生物に存在し、その生命の状態に様々な影響を及ぼしているようだ。 ウイルスの単離が主たる研究手段であった1990年代まで、多くのウイルス探索は宿主生物が示す病徴を指標として行われきた。そのため、必然的に高い病原性を示す感染症ウイルスが主要な研究対象となり、ウイルス=病原体という認識が形成されてきた。しかし近年、この状況は分子解析技術の発展により変わりつつある。例えば植物や真菌、昆虫などから非病原性または低病原性ウイルスが、また、無病徴の野生動物からMARSなどのヒト病原ウイルスが検出されている。中には宿主生物の生存に有利に働くと考えられるウイルスまで報告された。これらの事実は、我々の手元にある病原ウイルスを主としたウイルスリストが、実は発見が容易な“目立つウイルス”に偏ったものであることを示唆している。 地球最大の生命圏として多様な生物を育む海洋でも、養殖において問題となる感染症ウイルスや微生物を殺すウイルスが主要な研究対象とされてきた。近年の単離に依らないウイルスメタゲノム解析においても、細胞外を浮遊しているウイルス、つまり細胞を破って出てきた病原ウイルスが解析対象となっており、非顕在性の“目立たないウイルス”はほとんど着目されてこなかった。そこで、病徴に依存しないウイルス探索手法を確立して浜辺の珪藻コロニー1つを調査したところ、20種以上の新規RNAウイルス全長ゲノムが検出された。その他にも様々な“普通の”海洋生物から多数のウイルスが検出されており、海洋においてもウイルスはありふれた遺伝因子として生物の中に共存している可能性を示している。 本発表では、「これら“目立つウイルス”と“目立たないウイルス”がどの程度存在するのか?」その概要を明らかにすることを目指した研究内容も紹介し、宿主を殺さず共存するウイルスの存在と広がりに目を向けてみたい。


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S4-4
「ウイルスと微生物の競合的共進化」

講演時間: 13:50〜14:10
講演者:吉田 天士 (京都大学)

要 旨:細菌感染性ウイルス(「ファージ」とも言うが、「ウイルス」に統一する方向で議論が進んでおり、ここではウイルスと呼ぶ)の発見から100年となる。かつて分子生物学の中心であった細菌ウイルスが、海洋に大量に見いだされ再び注目されている。海洋ウイルスは細菌に対して数の比で15倍、その総数は1030粒子に達する。毎日、20%-40%の海洋細菌が、感染溶菌されていると見積もられ、ウイルスは細菌から溶存有機物への流れを変え、地球規模の物質循環過程に大きく寄与している。これに加えて、ウイルスは次の大きく3つの様式で細菌の多様性にも大きく影響を及ぼす。1)感染と同時に宿主のゲノムに入り込み、宿主のゲノム複製と同調して増殖するウイルスは溶原ウイルスと呼ばれる。溶原ウイルスは遺伝子ベクターとして、宿主の遺伝子型を変える。2)環境に適応し偶発的にある微生物群集の環境密度が高まることがある。しかし、密度の高まりによりウイルス感染頻度も増し、結果的にその宿主微生物群集の密度は減少する(頻度依存的選択)。3)細菌は制限酵素やCRISPRといった多様なウイルス防御獲得機構を獲得してきた。これに対しウイルス側では、防御を回避して感染するものが現れる。こうした両者間での軍拡競争ともいうべき共進化過程により、微生物-ウイルスの遺伝的多様化が促されてきた。ウイルス感染しばしば個体の死を引き起こす。しかし、生物種レベルでみれば、ウイルスは特定の微生物個体群による長期的な環境占有を妨げ、微生物多様性を維持する効果をもたらす。また環境で増えたウイルス-微生物感染系では、共進化が促され、宿主に新たな遺伝子型が生じるチャンスを増やす。我々は、ウイルスによる微生物多様化と多様性維持が並列的に生じているとの仮説を検証すべくプロジェクトを進めている。仮説の検証はまだ道半ばであるが、これまでに海洋に優占するウイルスの完全長ゲノムを数多く構築することに成功した。さらにウイルスの遺伝子は、共存する宿主微生物の中で活発に転写されていた。メタゲノムに現れるウイルス配列は、別の場所から漂ってきたウイルスに由来するのではなく、共存する微生物-ウイルス間の相互作用が頻繁に起こっていることを明確に示している。講演では、このような本プロジェクトの現状を交えつつ、ウイルスが存在することの本質的な意義について議論したい。


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S4-5
「ウイルスによるロドプシン遺伝子の水平伝播」

講演時間: 14:10〜14:30
講演者:吉澤 晋 (東京大学)

要 旨:海洋表層の光エネルギーの利用は従来シアノバクテリアに代表される酸素発生型の光合成生物に限定されて考えられてきた。しかしながら、この常識は2000年以降の相次ぐ発見により大きく揺らぎつつある。2000年に海水をターゲットとしたメタゲノム解析から、微生物型ロドプシンが海洋細菌の間に広く分布することが明らかになり(Beja et al. 2000)プロテオロドプシン(以下、PR)と命名された。PRはオプシンタンパクに発色団のレチナールが結合した光受容タンパクで、光を受容すると細胞内からプロトンを排出して膜電位を形成し、そのエネルギーでATP合成をする。言わば、“光駆動型プロトンポンプ”である。その後の研究から、海洋表層に生息する細菌の数十%(多い海域で約80%)がこの遺伝子を保持すること、真正細菌・古細菌・真核生物の3ドメイン全てから見つかることが明らかになってきた。またロドプシン遺伝子の分子系統解析から、16S rRNAとPR系統関係の不一致が様々な分類群で報告されており(Frigaard et al. 2006)、ロドプシン遺伝子がPhylum間やDomainを超えるような遺伝子の水平伝播を通して多様化してきたと考えられている。 一方、「Proteorhodopsin genes in giant viruses」(Yutin and Koonin)というタイトルの論文が2012年に発表され、海洋由来Giant Virusの中にPR遺伝子を持つものが存在すること、海洋細菌を対象としたメタゲノムデータから当該遺伝子が多数見つかることが報告され、VirusによるPR遺伝子の水平伝播の可能性が示唆された。しかしながら、Giant virusの持つPR遺伝子がどの生物由来なのかは依然よく分かっていない。また、Giant virusの持つロドプシンは“プロテオロドプシン”と呼ばれてはいるが、プロトンを輸送するために必須のアミノ酸部位が保存されていないことから、光でプロトンを輸送するのか?それとも他の機能を持っているのか?などの基礎的な事柄も分かっていない。 本発表では、現在利用可能なVirusメタゲノムデータにどの程度ロドプシン遺伝子が存在するのか?またVirusが持つロドプシンの機能は何なのか?に注目し、海洋微生物間におけるVirusを介したロドプシン遺伝子の水平伝播の可能性を議論したい。


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S4-6
ディスカッション

討論時間: 14:30〜14:50

要 旨:各講演要旨参照。
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