シンポジウム S3

「群集生態学の最新アプローチであぶりだす微生物間ネットワークの真実」
Elucidation of extremely complex microbial networks via updated synecological technologies

日時:10月24日(月) 12:40〜14:50
オーガナイザー:中川 聡 (京都大学)、加藤 広海 (東北大学)
要 旨:シークエンス技術の革新により、以前とは比べものにならないほど簡便かつ大規模に微生物群集の全体像を俯瞰できるようになってきた。しかし、それは同時に膨大なデータの氾濫と、未消化のまま世に送り出される論文の量産を招いたともいえる。進化を続けるシークエンス技術は我々を魅惑してやまないが、大規模データの解析方法やそれを支える理論的研究に正面から取組む微生物学者は少ない。某国に倣ってデータの規模を競うのではなく、データをしゃぶり尽くしつつも、そこに通底する原理・法則をスマートにあぶり出してみたい。 このような本国の微生物生態学者が直面している切実な問題に対して、それを好機と見て熱視線を送る研究者達が、実はいる。マクロな生態系を対象としてきた群集生態学者である。彼らから見れば、微生物群集はさまざまな生態学的理論を検証し、また解析技術を構築するための絶好のモデル系である。本企画では、微生物を群集生態学の諸問題を解決する糸口ととらえる野心的な新進気鋭の若手研究者4名に、1. 植物と菌根菌の複雑なネットワーク解析、2. 実験的な土壌微生物叢の再構築と超長期培養の解析事例、3. 補食−被食ネットワークにおける進化の役割、さらに4. 時系列データが産む因果ネットワーク解析の新たな可能性、についてご講演いただく。これらの話題から導出される理論や解析技術は、我々が微生物群集に対峙する際に大きな助けになると考えられ、幅広い生物間ネットワークを紐解く強力な武器となるであろう。時代の寵児へとのぼりつめようとしている群集生態学者を交え、微生物生態学と群集生態学が共創し醸成しうる我が国独自の研究展開について学会員と議論したい。


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S3-1
「群集生態学であぶり出す共生微生物間の大規模ネットワーク」

講演時間: 12:40〜13:10
講演者:東樹 宏和 (京都大学)

要 旨:次世代シーケンサーの登場によって、微生物叢(microbiome)の構造を記載しやすくなったとは言え、共生微生物で構成される相互作用系の動態を理解するのは極めて困難な課題である。1個体の植物体内であっても、数百・数千種の細菌や真菌が共生しており、その1種1種のゲノム構成や遺伝子発現パターンをたとえ詳細に解明できたとしても、共生系全体レベルの現象理解との間には大きなギャップが存在する。植物体内では、無数の共生微生物種の間で複雑な相互作用のネットワークが構成されていると考えられ、その動態を理解すること自体が複雑系科学の課題として極めて挑戦的である。
発表者は、次世代シーケンシングによって得られた微生物叢データをネットワーク科学と群集生態学の枠組みで解析することにより、無数の微生物種とその宿主生物で構成される複雑な共生ネットワークの全体像を解明してきた(Nature Communications 5:5273; Science Advances 1:e1500291)。現在、この手法を応用し、宿主体内における共生微生物どうしの相互作用ネットワークを大規模に解明する研究を進めている。植物根内の共生真菌叢を対象として行った最近の研究では、一見複雑な根内微生物叢が少数の離散的な型(rhizotype)に分類されることを発見した(Journal of the Royal Society Interface 13:20151097)。この離散的な型の形成においては、宿主体内における共生者間の連携や競争が影響力を持っていると考えられるため、その潜在的な種間関係の全体像をネットワーク構造に還元して考察した。その結果、宿主体内での関係性において、明確なネットワーク・モジュール構造が明らかとなっただけでなく、それぞれのモジュールにおいて中核的な役割を担っていると予想される種の存在が浮き彫りとなってきた。
宿主が植物であれ動物であれ、次世代シーケンシングを用いた解析では大量の共生微生物が検出されるのが一般である。その無数の微生物の中から、微生物叢全体の動態を制御している可能性のあるものを事前情報なしに抜き出すこの研究アプローチは、基礎・応用両面での重要性を今後増していくと予想される。ヒト腸内細菌叢データへの適用事例も紹介しながら、今後の方向性について論じたい。


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S3-2
「再構築された土壌微生物群集の超長期培養」

講演時間: 13:10〜13:40
講演者:加藤 広海 (東北大学)

共同研究者:渡来 直生 (東京工業大学)、森 宙史 (東京工業大学)、大坪 嘉行 (東北大学)、永田 裕二 (東北大学)、
黒川 顕 (東京工業大学 / 国立遺伝学研究所)、津田 雅孝 (東北大学)
要 旨:細菌叢は地球上の様々な環境に形成されているが、土壌環境の細菌叢は、莫大な構成種によって形成されている点で興味深い。この細菌多様性は農業生産や環境浄化等の土壌機能の根幹を成していると考えてられているが、この複雑な菌叢構造がどのような原理よって形成されるのかはほとんどわかっていない。そこで我々は、近年腸内細菌叢の分野で目覚ましい成果を上げているノトバイオロジー技術を土壌環境に応用することで、細菌叢が新規土壌環境でどのように多様性を増加させながら複雑化していくのか、時間と共にどのようなレベルで安定もしくは変遷していくのかを調べることにした。本研究では特に、 土壌から抽出した細菌叢を滅菌した元の土壌に移植する、いわゆる「戻し」移植を実施し、次世代シーケンサーによる16S rRNA gene amplicon sequencingで経時的に菌叢を行なうことで、元の菌叢を再現できるのか、並列サンプルの菌叢形成プロセスに再現性はあるのかを明らかにした。暗所25°Cの一定条件で培養した結果、移植された細菌叢は数週間で最大菌密度109 16S rRNA gene copies/g soilに達し、その後2年間は栄養添加なしで菌密度を維持した。菌叢解析の結果、菌叢サイズが増加する初期数週間はFirmicutesProteobacteriaが優占するものの、徐々にAcidobacteria等の由来土壌で優占していたグループの割合が回復し、移植後半年から1年目にはgenusレベルで由来土壌の菌叢構造に概ね戻る傾向を、またその後2年目まで安定する傾向を示した。一方で、97%OTU組成は実験期間内で安定せず、また菌叢における割合が戻った多くのgenusにおいて初期とは異なるOTUによって構成種が置き換わっていく傾向が見られた。これらの結果は異なる分類階層において、菌叢の復元性(レジリエンス)と構成種の置換性という異なる性質が現れていると考えられた。さらにこれら菌叢の遷移プロセスは、並列サンプル間で極めて高い再現性を示したことから、安定条件下における土壌細菌叢形成は予想以上に determinative(決定論的)な現象であることがわかってきた。


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S3-3
「群集の理解における進化の役割」

講演時間: 13:50〜14:20
講演者:山道 真人 (京都大学)

要 旨:近年、適応的な進化(遺伝子頻度の変化)が短期間で起きること、またそのような「迅速な進化」(rapid evolution)が個体数の変動や群集構造、生態系機能に大きな影響を与えうることが明らかになってきた。特に微生物は世代時間が短く、集団サイズが大きいことから、薬剤耐性の獲得といった適応進化が短期間で起こりやすい。そのため、微生物生態学において、迅速な進化は群集構造の理解に重要な役割を占めると考えられる。
本発表ではまず、プランクトン・真菌・細菌などを対象に調べられてきた迅速な進化と群集動態との間の相互作用、すなわち「生態―進化フィードバック」(eco-evolutionary feedbacks)についての先行研究を紹介する。ここでは、進化と種間相互作用が個体数変動のパターンをどのように変えるか、という点に注目して、適応進化が絶滅を防ぐ「進化的救助」(evolutionary rescue: Bell & Gonzalez 2009 Ecol. Lett.)や、公共財を介した個体数と遺伝子頻度の振動(Sanchez & Gore 2013 PLoS Biol.)、防御形質の進化によって捕食者―被食者系の個体数振動の位相差が周期の25%から50%(逆位相)に変化する「逆位相振動」(antiphase cycles: Yoshida et al. 2003 Nature)、また被食者の個体数が一定であるにもかかわらず捕食者の個体数が振動する「隠れた振動」(cryptic cycles: Yoshida et al. 2007 PLoS Biol.)といった代表的な動態の例に触れる。その際、微生物群集の培養実験と数理モデルという2つのアプローチを組み合わせる有効性を強調したい。
次に、群集と進化の間のフィードバックを今後さらに深く理解していくために必要な研究の方向性として、多種が相互作用するネットワーク・適応のメカニズム・時空間的な不均一性・適応的でない進化などのテーマを提案する。最後に、微生物群集とその他の群集の違い、長期的な進化が群集にもたらす影響、進化生物学と群集生態学のアナロジーについても議論したい。


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S3-4
「時系列データを用いた因果ネットワーク推定法の最前線」

講演時間: 14:20〜14:50
講演者:阿部 真人 (国立情報学研究所)

要 旨:生態系は、多数の種が競争/被食捕食/相利共生といった相互作用をすることによって、各種の個体数が時間的に変動する系である。それに対し、非線形力学系の数理モデルを構築し解析することで生態系の理論研究は発展してきた。一方、計測技術の発達によって大規模な個体数の時系列データが得られつつあるが、解析手法が発展途上であるため、実証研究に基づいた系の理解・予測・制御は十分に行われているとは言えない。最近、非線形力学系と埋め込みの定理に基づいた非線形時系列解析の手法が発展し、複数時系列間の因果関係と相互作用強度の推定が可能になった。これにより、個体数のダイナミクスを駆動する相互作用を時系列データから推定することができ、生態系の因果構造(因果ネットワーク)を明らかにすることができる。本講演では、個体数のダイナミクスを記述する力学系の基本から、非線形時系列解析の原理と応用例を紹介し、微生物の群集動態をどのように解析すればよいか議論する。


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