地球化学会プレゼンツシンポジウム S1

「"微生物はそえるだけ"(桜木花道)」

日時:10月24日(月) 09:15〜11:25
オーガナイザー:川口 慎介 (海洋研究開発機構)、高井 研 (海洋研究開発機構)
要 旨: それは昨年のことだった。2015年日本地球化学会年会が横浜国立大学で行われていた。ふとしたきっかけでその学会プログラムを見てみると、「あれ、なんかよく知っている微生物生態学研究者が(しかもJAMSTEC所属の研究者も)たくさん招待されているな」と気づいた。もっとびっくりしたことに、日本地球化学会のセッションオーガナイザーや口頭発表者は、ほぼすべて私がよく知っている研究者の名前に占められていたのだった。また私が学会プログラムをチェックしていたのも、2015年日本地球化学会年会の市民講演会に招待されていたからだった。日本地球化学会の恐るべき陰謀に気づいたのはその時だった。「知らぬ間に、日本微生物生態学会が、JAMSTECが、そして私自身が、日本地球化学会に飲み込まれようとしているんだ!」と。ヌノウラは「一体どういうことだよ!?ケバヤシ!」と叫んだ。便宜上ケバヤシになった私は力説した「ヤツらの狙いは...、古細菌アーキアだよ!!」、大会事務局一同「な、なんだってー!!」。かような茶番 (出典のwikipedia ) を一通り終えてから私は提案した。「日本微生物生態学会が、”伝統と格式” とか言って胡座をかいている日本地球化学会を取り込んでしまえばいいんだよ!」。そう。このシンポジウムはそういうキッカケで企画されました。でもキッカケなんてどうでもいいよね。”伝統と格式” にこだわらない真の地球化学者をお取り寄せしました。微生物生態学と地球化学は本来とても親和性が高い学術分野。その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、真心を尽くすことを誓いますか?


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S1-1
「ホモ・サピエンスが創りだした新しい世界と環境」

講演時間: 09:15〜09:45
講演者:川幡 穂高 (東京大学大気海洋研究所)

要 旨:ホモ・サピエンスの最初の先祖はエチオピアの大地に約20万年前の間氷期に誕生しました.約8-6万年前にアラビア半島にわたり,全世界に拡散しました.私達の研究によると急激に湿潤化したため,「対岸に美味しい食糧があるだろう!!」と期待したものと考えられます.現代人の胃に棲むピロリ菌のDNAの系統分析結果もこの時期を示唆しています.彼らの一部が日本に約3.8万年前にやって来ました. 世界最古の土器は,日本の縄文土器(青森県の大平山元I遺跡)で1.65万年前のものでした,私達の研究によると,当時の夏の気温は現在より7℃も低く,根室の環境に相当します.濃霧で陸源食糧に恵まれず,海産物に頼り「海鮮鍋」を食べていたはずです.縄文土器に付着した有機物の精密分析の結果と整合的です.土器の発明は「殺菌」+「食糧確保」で革命的な生活環境の改善をもたらしました. 日本の人口は,縄文初期に2万人,中期に27万人,晩期8万人でしたが,三内丸山遺跡もこのトレンドを反映し,温暖な中期に相当する5900-4200年前に栄えました.私達の研究によると,2.0度の急激な降温,緯度方向で300kmに相当する大きな変化が起こりました.陸の動植物の生態系は変化し,たぶん食糧難が原因で人々は散逸したと推定されます. 日本の西日本の夏の気温を誤差0.3度で復元しました.最高最低の温度差は2.1度で,最高温度は平安時代初期の820ADでした.寒冷期は,日本社会の大きな変化期と一致していました:縄文社会/弥生社会,古墳/古代天皇公家社会,古代天皇公家/武家社会,武家/近代社会の境界に対応します.近年,人間の活動の影響で,地球環境問題が起こりました.自然が経験した速度のほぼ100-10万倍で変化しています.エコな社会が望まれています. ホモ・サピエンスは「賢い人間」という意味で,頭を使うことに特徴がありますが,多大なエネルギーを必要とします.そこで,人間はエコではありません.極言すると「エコ」は「アホ」に通じます.この能力は化学反応的には酸素呼吸の賜物ですが,酸素は体にとり劇薬です.熱力学的には1気圧で25度なら,私達の体は二酸化炭素と水が安定です.私の生きている間に,地球外の惑星で微生物の発見がなされると確信しますが,ホモ・サピエンスに相当する生物の存在は,この宇宙で非常に限られると考えられます.なぜなら宇宙はとても「静か」だからです.


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S1-2
「電気化学でもたらす生命の起源」

講演時間: 09:45〜10:15
講演者:北台 紀夫 (東京工業大学地球生命研究所)

共同研究者:山口 晃 (東京工業大学)、Li Yamei (理化学研究所)、山本 正浩 (海洋研究開発機構)、中村 龍平 (理化学研究所)、
高井 研 (海洋研究開発機構)
要 旨:『電気化学』,『生命の起源』というキーワードを見て,多くの人が第一に思い浮かべる研究はMillerとUreyが1953年に行った火花放電実験であろう(Miller, 1953).彼らは原始大気にカミナリが落ちる想定で模擬実験を行い,数種のアミノ酸が生成することを示した.この成果に対する反響は大きく,今でも多くの生物学・化学系の教科書で生命起源の第一ステップとして紹介されている.しかし,原始地球の表層環境についての理解は当時から大きく変化し,実現可能性について疑問が持たれるようになった.また,そもそもアミノ酸が大気から海に大量に供給されたとして,そこから生命システムが如何にして生じてくるかは全く説明できない状況が続いていた.近年,深海熱水噴出孔の調査から,噴出孔の内から外へ向かう定常的な電子の流れが発見された(Nakamura et al., 2010; Yamamoto et al., unpublished).この電気発生場は海水中の二酸化炭素を還元・固定し,生体分子を生じていく原始的代謝システムを駆動した可能性がある.本発表ではこの新たなシナリオを紹介し,上述した2つの条件(原始地球における実現可能性,生命システムとの関連性)を満たしうるものであることを示す.原始代謝の発生過程を検証するための室内実験についても紹介する.


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S1-3
「ヒ素と水銀の地球化学的研究史を編む」

講演時間: 10:25〜10:55
講演者:板井 啓明 (愛媛大学沿岸環境科学研究センター)

要 旨:科学にせよ芸術にせよ、それがロマンや感動に満ちたものであっても、日々発展させるには支援の手が必要である。「地球および宇宙における元素の分布および挙動の包括的理解」という純粋科学的な目的を掲げた地球化学も、国家的なビッグプロジェクトの副産物の恩恵を受けて進歩してきた。例えば、マンハッタン計画は放射性元素に対する人類の理解を劇的に深め、ルナ計画は高精度の質量分析の発展を促した (松久・赤木2005;Wieser et al. 2005)。ビッグプロジェクトによる功罪両面の発生が不可避であることを受け入れるならば、自発的に副産物を拾い集めて体系知の肉付けに貢献する研究者が必要である。今回ヒ素と水銀という二つの元素を取り上げたのは、両者の化学的性質の類似性に着目したものではない。両者の共通点は、些か「嫌われ者」だったということである。1990年代以降、アジア各地で地下水汚染の原因となっていることが判明したヒ素と、1950年代以降に公害問題で注目され、今また越境汚染の懸念から規制に関わる条約締結にまで発展した水銀。これらは、マンハッタン計画のような巨大プロジェクトと比較できるものではないが、「環境問題」という20世紀後半における社会的問題提起が地球化学研究を加速させたという共通点を持つ。そのような背景で進んだ研究は、純粋科学的な視点で見れば、些かバイアスのかかった道筋を歩んだ可能性もある。しかし、両者の地球表層環境における挙動は、他の微量元素と比較して顕著に理解が進んでいるのも事実である。ある一面の理解が顕著に進むと、周辺領域との間に理解度のギャップが発生する。ヒ素と水銀の研究変遷を比較しながら辿ることで、ポテンシャルの発生から周辺領域への伝播の流れを良く見えるようにしてみようというのが本発表の試みである。科学の歴史において、理解のギャップを埋めて学問に厚みを与えてきたのは、(おそらくは)ビッグプロジェクトの動向とは離れた個別研究者の創意工夫である。仮に既存の「学会」という枠がそういった自主的営みの障壁として働いているとすれば、残念なことであるので、あえて微生物生態学会でこのような話をさせていただきたい。


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S1-4
「木を見ず森を知る:微生物を斟酌せずに硝化速度や脱窒速度を測る」

講演時間: 10:55〜11:25
講演者:角皆 潤 (名古屋大学大学院環境学研究科)
with 中川書子

要 旨:O原子には三種の安定同位体 (16O, 17O, 18O) が存在し、したがってδ18Oおよびδ17Oという二つの独立した安定同位体比が存在している。同じ分子の各同位体分子種 (14N16O3, 14N16O217O, 14N16O218Oなど) が質量以外に差がなければ (=質量の違いのみに依存して同位体分別していれば) 、δ17O値の変化に対するδ18O値の相対的な変化は、反応の種類や進行度合い、さらに関係する分子の種類に依らず、以下のような簡単な比例式で表される(Young et al., 2002; Matsuhisa et al., 1978) 。
δ17O = 0.52×δ18O       (1)
陸水や海水、土壌、堆積物と言ったような一般的な地表環境中で、アンモニア等から硝化反応を経て生成するNO3 (NO3re)中のO原子は、式(1)で表される質量依存の関係が成立するO2やH2Oに由来し、さらにそれが生成する過程で起きる同位体分別も一般的な質量依存同位体分別であるため、必ず式(1)が成立する。一方、大気中でO3からO原子を受け取って生成したNO3 (NO3atm) だけは式(1)が成立せず、式(1)が成立した場合に期待されるよりも有意に大きなδ17O値を示す (Michalski et al., 2003; Tsunogai et al., 2010) 。
そこで以下の式(2)で定義されるΔ17Oを用いてその大小を定量化すると、NO3reは0‰、NO3atmは平均+26‰となり、NO3atmが沈着後にNO3reと混合した場合は、その混合比に応じてΔ17O値は減少する。
Δ17O=δ17O- 0.52×δ18O       (2)
一方、何らかの一般化学反応(=質量依存同位体分別)を受け、部分的に分解した場合は、δ17Oやδ18Oは変化してしまうが、Δ17Oは変化しないで同じ値を保持する。従って、ある環境試料中に存在するNO3のΔ17Oを測定すると、その中に含まれるNO3reとNO3atmの混合比を求めることが出来る。混合比は、その系に対する供給速度の比を反映するので、NO3のΔ17Oから、その系に対するNO3reやNO3atmの供給速度や除去速度を定量化することが出来るようになる。NO3reの供給速度とは硝化速度であり、また除去速度とは、系に依っては脱窒速度を表すので、NO3のΔ17O値を利用することで、培養に依らずに硝化や脱窒の定量化が可能になる。本講演では、その詳細と意義について、具体例をもとに紹介する。


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